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混乱する私を他所に。前からそんな気がしてたんだけど、忘れてたらただの痛い奴だと思って言えなかったんだと彼は呑気に笑っている。
いや、待ってくれ。
拗らせまくっている私はともかく、十年も前の、それも六歳だった時の事を覚えているものだろうか?
私は正直、夕君の事以外おぼろげだ。人に関しては比較的仲の良かった人の名前をかろうじて覚えているくらいなわけで。
……何度かあったが、過去の知り合いのフリをして私に近付こうとする人だったり……?なんて考えがよぎるも、彼が嘘をついているようにも見えなくて。
覚えていてくれたと言う歓喜と。嘘を付かれているかもと言う疑心。
ぐるぐると回る思考を遮る様に彼が取り出したのは。
「……あ、それっ」
別れ際に私が渡したウサギのストラップ。
所々汚れているし、腕に縫い直した跡があるけど間違いない。
「また会えた時に返すって約束だったからずっと持ち歩いてたんだ」
湧き上がる喜びから震える手で、お気に入りだったウサギのストラップを受け取る。
「……覚えててくれたんだ。…………嬉しい」
勝手に持ち上がる口角を隠すように手をやって、ちらりと夕君に視線を向ける。
「……どうしたの?」
何故か手で顔を覆って俯いた夕君に尋ねれば、あーだとかうーだとかよくわからない事を口にした後、思い出した様に顔を上げた。
「そ、そうだ!美陽が光ちゃんに会いたがってて、もし良かったら会ってやってほしいんだけど!」
「う、うん」
勢いに押されて頷けば、安心したように笑って。
「ありがとな!あ、お昼邪魔して悪かった。日程はまた今度で!またな!」
風の様に走り去っていった夕君の背中を見送って、ごはんに手を付ける。
「…………美味しい」
さっきまでと同じものを食べているはずなのにごはんがとても美味しく感じた。
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