迷子の初恋

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「ひかりおねえちゃん!」  嬉しそうに駆け寄ってくれる美陽ちゃんに普段は機能してくれない表情筋が自然と緩んでいく。 「こんにちは美陽ちゃん。美夜君と夕君もこんにちは」 「こんにちは!このまえはありがとうひかりおねえちゃん!」 「時間取ってくれてありがとな、光ちゃん」 「……こんにちは。…………えっと、みよをたすけてくれて、ありがとう」  美陽ちゃんの背中から恐る恐る顔を覗かせた美夜君が、これまた恐る恐る手に持っている可愛らしくラッピングされたクッキーを渡してくれた。 「これね!みよとみやとおかあさんでつくったの!かわいくしたのはゆうにぃなんだよ!たべてみて!」 「ありがとう」  綺麗に結ばれたリボンをほどいてクッキーを取り出す。ハートの形をしたクッキーはチョコペンでデコレーションされていた。  一生懸命作ってくれたのだろう。それが嬉しくて何だか食べるのがもったいなく感じるけど、食べないとそれこそもったいない。 「頂きます」  一口かじれば、素朴で優しい味がした。 「ひかりおねえちゃん……?おいしくなかった?」  不安そうに下げられる眉に首を横に振る。 「美味しいよ。……すごく美味しい」  優しくて温かい、私の為に焼いてくれたお菓子。美味しくないわけがない。 「びっくりさせちゃってごめんね。嬉しくて涙が出ただけなの」  とめどなく流れてくる涙を拭いながら笑う。  父親は仕事にしか興味のない人でまともに会話した記憶がない。姉は私を憎んでいて会話なんてもちろんない。母親は父親に相手にされない悲しみを私にぶつけているのか、私を理想のお人形さんにするのに必死だ。私の全てを管理して、その為に必要な最低限の会話しかした事がない。周りは周りで隠しきれない下心を覗かせて近付いてくる有様だった。  だから本当に嬉しかったのだ。  ……あぁ、笑ってありがとうって、美味しかったって言うつもりだったのに。  抑え込もうとすればする程溢れてくる涙。私はそれの止め方すら知らなかった。  みっともなく泣く私を見ておろおろしている美陽ちゃんと美夜君に申し訳なくて。雑に拭おうとした手が夕君によって止められる。 「こういう時は思いっきり泣けばいいんじゃねえの?ここには俺達しかいないし」  優しく頭を撫でてくれた昔と変わらない温かい手に、決壊したダムみたいに涙が頬を伝っていく。 「泣け泣け。光ちゃんは頑張りすぎなんだよ」 「ひかりおねえちゃん、えらいえらい!」 「…………よしよし」  三兄弟に優しい言葉を掛けられて、温かい手で撫でられて。私は子供みたいに声を上げて泣いた。
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