20人が本棚に入れています
本棚に追加
「おお、夕実どうした?」
女の子を呼び捨てで呼ぶ松田くん。
その声色は、明らかに友達以上な感じがした。
うそでしょ、そんな……思わず水道裏に背を預けて体育座りで俯いた。
でも、まだそうと決まったわけじゃないんだし。頭に浮かんだ嫌な考えが頭の隅をよぎったけれど、振り払うように頭をあげる。
「……もうっ、松田くん。部活中は名前で呼ぶの禁止って言ったじゃん。私、マネージャーなんだよ」
「そうなんだけどさ、彼女がそばにいるとつい名前で呼んでしまうんだよな」
けれど、私の努力も虚しく、呆気なく二人が恋人同士であることを突きつけられた。
その瞬間、『ああ、またか』そんなふうにどこか他人事のように思ってしまう自分がいた。それと同時に落胆する。
告白をする前に失恋をしてしまうのは、これで何度目だろう。私の恋は、やっぱり成就することなく見事に散ってしまった。
どうやら運は、私の味方になってくれなかったらしい。
「そりゃあ私だって嬉しいけど……」
「じゃあもうみんなに公表してもいい? …つーか早く俺の彼女だって言いたいんだけど」
水道裏に隠れて私は、一体何をしているんだろう。二人の仲睦まじい会話を聞いて、それを盗み聞きして。こんな自分が哀れに思う。
心がチクリと痛んで、体育座りをしたまま顔を俯かせる。
「もうちょっと待って。松田くん、一年生でせっかくレギュラーになれたのに、私と付き合ってるって知られたらレギュラー落とされちゃうかもしれないでしょ」
「そうだけど、でもさ…」
「私、松田くんが大事なの、すごく。だから、私の存在が邪魔にはなりたくない。だから分かって」
こんなにお互いがお互いを想い合うような言葉を、今は。今だけは聞きたくなかった。
告白しようと思った矢先、彼女である子が来てこんな会話をして。まるで傷口に塩を塗られた気分である。
その傷が今もなお、じくじくと痛んで血が滲んでいる。
たとえ、マネージャーである女の子が来なかったとしても私が告白したところで、あっけなく散ってしまうのは目に見えていた。やっぱり私の恋は、ダメらしい。
最初のコメントを投稿しよう!