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第2話「鷹夜の恋人」
鷹夜からすると長谷川は2つ上の先輩で、営業部の羽瀬雅樹(はぜまさき)と同じ代の先輩に当たる。
この世代はやたらと気が強く、鷹夜や駒井の代とは違ってこの会社に残っている人数が多い。
「ゴールデン世代」とあだ名が付いていて中々の曲者揃いの代だ。
「お前も太れよ、羽瀬」
「んはは、嫌だよ。奥さんにこれ以上嫌われたくない」
「あれ?お前まだパチンコやめてないの?」
昼休み。
いつも通り若手が集まる休憩室に鷹夜が長谷川、今田と入ると、部屋の後方に並んだ4人掛けのテーブルの3セットの内、真ん中のテーブルに営業の同期である駒井直樹(こまいなおき)と羽瀬が座っていた。
ここは鷹夜達のいつもの席だ。
羽瀬は普段はひとつ隣の壁寄りのテーブルに他の営業部の社員達といるのだが、今日は部屋の前方にある大型のテレビが見たいのか、見やすい真ん中のテーブルにいる。
「いや、ケータイのゲームでパチンコがあったからそれやってる」
「何それ、ふははっ、代わりになんの?」
「ならない」
ならないんじゃん、と言いながら長谷川は羽瀬の隣に座った。
部屋の後方の隅にある重ねられた椅子の山から今田がさっさと自分の分を取り、静かに後ろの壁側の誕生日席にして座る。
鷹夜は窓側に座っている駒井の隣に座り、同じ課の2つ下の代である油島寿久(ゆしまとしひさ)がいないな、と室内を見回した。
上野がいないのだ。
きっと小言を言われる心配がないからと、オフィスの自分の席で動画でも見ながら昼食にしているのだろう、と考えてから朝の出勤中に買ったコンビニ弁当をテーブルに置いた。
「鷹夜はずっと細いなあ」
長谷川と佐藤に関しては、鷹夜を「鷹夜」と名前で呼ぶ。
彼ら以外からは苗字が珍しく覚えやすいと言う事で「雨宮」と呼ばれている彼からすると何だか新鮮で、そして周りからするとやはり彼らの仲の良さが伺えるものだった。
「ん?いや、少し筋肉ついた?中身を感じる厚みになった様な気がする。ジムとか行ってんの?」
羽瀬の愛妻弁当と違い、独身の長谷川は鷹夜と同じでコンビニ飯だった。
鮭おにぎりとカップ麺をテーブルに乗せている。
あとは、食後に吸うのだろう煙草の箱と蛍光ピンクのボディのライターをシャツの胸ポケットから取り出してカコンカコンとテーブルに置いた。
「行ってないです。家でちょっとした筋トレ始めたくらい」
「なんだよ。じゃあ俺とジム行こうよ。週末はジム通いな」
「え、」
「あ、長谷川さんダメですよ」
「ん?」
ジムはちょっと、と言いかけた鷹夜を遮り、ニヤついて長谷川に話し掛けたのは駒井だった。
相変わらず戦隊もののフタがついた愛妻弁当を食べているようだ。
「雨宮、彼女できたんで」
「えッ」
「週末は彼女の家に入り浸ってんすよ。ここんとこ金曜の夜の飲み会全然参加してくれませんもん」
「駒井お前ッ、そう言うのは、!」
「ええー!?鷹夜ぁ、聞いてねーぞ!!」
長谷川が大声を上げてテーブルに身を乗り出すと、部屋の前方でテレビに見入っていた何人かの若手がいっせいに彼らを振り返り、駒井が気を利かせてその視線を手で払い、「何でもない」と促す。
長谷川はそんなもの気にも留めず、椅子の上に脚を上げて正座しながら、鷹夜の目の前までジリジリと肘を進めて近づいて来た。
「できたのか!?お前あのー、前の子、何だっけ。あの子と別れたとき悲惨だったのになあ」
「やめて下さいよ、思い出したくないッス」
「だって長かったし、結婚手前だっただろ。心配してたんだよお、風俗行っても勃たねーしさあ」
「何から何までここでバラすのやめて下さいって!!しんどい!!」
あまりにも軽い口調でひょいひょいとバレていく個人情報に鷹夜自身が歯止めをかけ、肘をずって近づいて来ていた長谷川を追い返すと、やっと昼食に手を伸ばした。
今日はカルボナーラだ。
座る前に電子レンジで温めておいたので、蓋の内側に汗をかいている。
「いやあでも良かった良かった。俺より先に結婚させないけど」
5分経ったな、と長谷川もカップ麺を食べ始める。
ひと口が大きいのは相変わらずだが、猫舌なのでやたらと麺を掬っては時間をかけて何度もフーフーと息を吹きかけている。
「結婚する気ないじゃないですか、長谷川さん」
「あるし」
「ないだろ。あ、今田。コイツに頼むと風俗連れてってくれるぞ」
「えっ、いや俺彼女いるので、、」
「お前もいんのかよ」
羽瀬に言われた今田は困った顔をした。
どうやらこの場にいる人間は、長谷川以外には全員恋人か嫁がいるらしい。
油島には確実にいないだろうが。
「長谷川さんは彼女さんいらっしゃらないんですね、」
「いないよ。おっパブとキャバとガールズバーいっぱい行きたいからね」
下世話にも、長谷川は女性の胸を揉むような手つきで両手をもにもにと動かして見せる。
「やめて下さい、今田を汚さないで」
「じゃあ鷹夜の彼女の話ししよ」
「えぇー、、」
「あん?」
長谷川は品は悪いが仕事の腕は確かで面倒見も良く、人好きする性格だ。
鷹夜が高校時代から付き合っていた元恋人である山田日和(やまだひより)にプロポーズを断られてそのままフラれたときも駒井と一緒にたくさん励まして慰めてくれたものだった。
しかし励まし方が雑で、大体が風俗かキャバクラ、ガールズバーに連れて行かれたのを覚えている。
「どんな子?おっぱいデカい?」
「お前ホントやめろ」
羽瀬の睨みなど全く効かない。
長谷川は上野も恐れて強く口を出せない程には気が強くてガラが悪いのだ。
一見すると、どちらかと言えばデザイナーではなく現場に出るタイプにも見える。
太ってなおさらそう見える様になってしまった。
「お、っぱいは、」
そんな馬鹿な質問に真面目に答えようとする人の良い鷹夜は、「おっぱい」と言う単語を呟きながら、恋人の姿を脳裏に蘇らせる。
「うんとー、」
胸はある。
風呂上がりに腰にタオルだけを巻いて、むっちむちの胸筋を惜しげもなく見せてくるような奴なので、それは自信を持って言える。
おかげで新たにガリガリと言うコンプレックスが追加され、筋トレまで始めたくらいだ。
「おっぱいは大きいです」
「ええ〜!そうなのぉ!?」
「雨宮、答えなくて良いよ」
ただし、女の子ではない。
鷹夜の恋人は正真正銘、男だ。
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