第51話「それぞれの距離感」

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第51話「それぞれの距離感」

「じゃあ5個下の代か。それじゃあ顔分からないなあ、、あ、でも建築科で助手してた友達なら分かるのかも」 西宮がポン、と左手のひらに右手拳を落とした。 「ふーん、おもしろ。大学の後輩だったなんて。世界狭いなあ」 「そうだなあ。建築かあ、、義人たちは造形建築うんたらだから、違うもんな?」 「造形建築デザインですよ。もうっ!すぐ忘れちゃうんだから!」 「触んな」 バシンッ! 「ぁいたッ!」 「、、、」 出身大学が一緒だった事にも驚いたが、会話の途中途中で繰り出される西宮から前田への顔面強打を目の当たりにして、鷹夜はこれからは少し人前で芽依を叩くのは控えようと思っていた。 静海美術大学と言うのは東京の西寄りにある美大だ。 西寄りと言っても芽依の実家程ではない。 静美の周りは大きな公園や古い商店街等があり割とのんびりしている印象があるが、芽依の実家となってしまうと東京でも田舎と呼ばれる四方を山で囲まれて田んぼと畑まである地域に行く事になるのだ。 そこそこ普通の、栄えても過疎化してもいないと言った具合の街中にあるのが鷹夜たちの出身大学だった。 前田と西宮はそこの写真科を出ており、現在は2人ともカメラマンだと言う。 どちらかと言えば前田の方が風景等を撮るよくテレビで取り上げられたり写真集を出したりする方のカメラマンで、西宮は店の内装や商品等を撮る商業的なカメラマンだと説明された。 一方で、静岡県から上京して一人暮らしをしながら大学に通っていた鷹夜は建築科の学生だった。 その頃からもちろん付き合っていた日和も上京して東京の大学に通っていたのだが、同棲はお互いの両親から禁止されていて、更に鷹夜が上京した1年後には妹の柚月が上京して来て一緒に住み始めた為、働き出すまでは半同棲なんて言う形にはならなかった。 ちなみに、柚月と夫の秀は大学が同じで学年が違う。 柚月は姉さん女房だ。 秀とはサークルの先輩後輩として出会い、同じ静岡県出身と言う事もあって仲良くなり、付き合い始めて今に至る。 (思い出すと懐かしいなあ) そんなこんなで前田、西宮、鷹夜が同じ大学出身だと知れた事もあり、互いに一気に距離が縮まって、鷹夜も段々と居心地が良くなってきていた。 時刻は12時36分を過ぎた。 先程前田と西宮が話していたのは、静美でよく建築科と間違えられるのが造形建築デザイン学科と言う学科で、そこに同学年の友人がいたと言う話しだ。 建築科は建築全般を学び、主に建築士の2級までの免許を取る為と、より正確な設計図を描けるようになる為の学科であり、内装、外装、ランドスケープ、都市計画、商業施設、マンションまで様々な建築物を扱う学科だが、造形建築デザイン学科は店の内装とディスプレイ、季節ごとの飾り付けのデザイン等を学ぶ、よりアーティスティックな分野寄りの学科なのだ。 鷹夜の今の職業からすれば造建にいてもおかしくはないのだが、食いっぱぐれたくないと安全策を取る慎重派の鷹夜はどうしても建築士2級免許を持っておくべきだろう、と建築科に入っていたのだ。 造建との兼任教授のゼミに入った事もあり、建築士免許取得と共に店舗内装のデザインも十分に学ぶ事ができた為、割と不安はなく今の会社に入ったし採用もすぐに決まった。 そこまでは鷹夜の人生は狂っていなかったのだ。 「造建にお友達がいるんですか?」 「うん、いるよ。しかもゲイのカップル」 「エッ」 そんなにわんさかゲイがいただろうか。 確かに在学中はたまに「あの人ってホモらしいよ」なんて噂は耳にしていたが。 5つ上の代はまた多かったのかも知れない。 「めーーーっちゃ色々問題起こす2人で見ててハラハラしたなあ、あいつら」 「んははっ、でもあの問題ないと藤崎さんと俺は出会えてなかったしなあ」 「出会わなくて良かったよ、お前ら2人。揃うとうるさくて敵わねえよ。義人も嫌がってたし、こないだ」 「ええ〜、俺と藤崎さんマブっすから」 「何だマブって」 「マブダチ」 「キッモ。迷惑。お前ら抜きで義人と光緒と3人でご飯行こ」 「はあ!?絶対ダメですよ、誰かに襲われたら抵抗できないじゃないですか!光緒さんは別として」 「誰も俺たちなんか襲わないって」 鷹夜からしたらこうして2人を見ていると、良き友人でもあり更に恋人、と言う感じがする。 確かに恋人である事は隠していないようだが、側から見ていても恋人である事はそこまで色濃く出ていない為、話しを聞いていないと多分そう言う関係だと分からない。 前田は西宮にやたらと触りたがるが、全部西宮が拒絶するのでふざけあう男友達にしか見えない。 (何か自然体でいいなあ) 周りを気にしない強さと、あくまで2人でいる事が当たり前と言う自信が見える。 彼らとは違い、自分と芽依は、友人関係と言うのもあまり公表できない。 実際、駒井やその他の友人たちにも、鷹夜は竹内メイと知り合いだと言っていない。 泰清や松本と一緒だったら何も気にせずに芽依は鷹夜とベタベタするが、一歩外に出れば別だし、ただでさえ竹内メイが街中を歩いていたら騒ぎになるのでいつも2人で警戒している。 誰も、何も気にせず、気ままに2人でいられる場所は限られているのだ。 (そう言うのもあって、芽依は結構、ずっと気を遣ってるし余裕がないんだろうなあ) どうしても付き纏ってくる「芸能人」と言う足枷は、彼の中では重いのかも知れない。 荘次郎の事も重なり、今は芽依の中の余裕が本当に擦り減っているのだろう。 それ故の、あの日の暴挙だったのだろう。 (でもなあ) 突然深夜に鷹夜の家を訪れ、無理矢理に押し倒された日を思い出す。 それでも。 芸能界で生きると決めたのは芽依なのだから、暴走して鷹夜を傷付けていい理由にはならない。 何よりそれが理由だから仕方ないと言って彼を逃してしまうと、芽依はずっとそれに甘え続けて鷹夜を傷付け続けるだろう。 甘えても良い。自分の前では格好の悪い小野田芽依で良い。 (でも、俺を蔑ろにして良い訳じゃない) ただそれだけが今、鷹夜の胸に引っかかっていた。 そして気を抜くと芽依が引き戻されそうになる佐渡ジェンとの依存関係の心地良さが、ずっと彼らの溝になっている。 「雨宮さん?」 「えっ」 不意に名前を呼ばれて、ビクンッと肩が揺れる。 俯いてジッとポテトを眺めていた視線を上げると、心配そうな前田と西宮の顔が見えた。 「あ、すみません。ボーッとしてました」 「いや、こっちこそ、内輪ネタになってすみませんでした」 「いやいやいや、大丈夫です」 「あ、食べて下さいね。俺のも多分すぐ来るし」 「え、いや、」 「いただきまーす!」 西宮がニコッと笑うと、遠慮して彼の分のハンバーガーがくるまで待とうとしていた鷹夜の目の前で前田がバクッとチキンバーガーにかぶりつく。 本当に、西宮が来た事で少年のようになってしまったな、と鷹夜は西宮と顔を見合わせて笑い合った。 そして、「じゃあお先に」とチーズバーガーを食べ始める。 まだ作り立ててパテも焼いた玉ねぎも温かく、チーズは香ばしくてソースと良く合う。 「うまっ」 芽依とも今度来よう。 (あ、また芽依のこと考えてる) もぐもぐと食べ進めながら、そんな事を思った。 「雨宮さんて口小さいのにめっちゃ口に詰め込んで食べるね、、ハムスターみたいになってるよ」 「ん、、ぁ、すみません、これ癖で。行儀悪いからやめろってよく言われるんですけど中々治らなくて」 「あははっ!大丈夫ですよ。同じようなのがここにいるので」 「ん、?、、あ、本当だ」 西宮が隣を指差したのに釣られて前田を見ると、確かに前田も頬をパンパンにしながらハンバーガーを食べている。 口が大きく、ひと口で口内に押し込む量がとんでもなく多いようだ。 あと、ソースが口の端に付いている。 「前田、ここついてる」 「ん?ん、、どこ?取って?」 「甘えんな」 「んグッ!」 絶対どこについているか分かってるだろう前田に対して、西宮は手に取ったおしぼりをバシンッ!と彼の口に叩きつけ、そのまま雑に上下に擦る。 腫れそうだ。 肌が弱かったら確実に赤くなるだろうくらいには、力強く拭いている。 「ふふっ、何だかんだ西宮さんは世話焼きなんですね」 「こいつ1回これ始めると拭くまでずーっと言ってきてしつこいんですよ」 「ふはっ、ヤバいですね」 段々と2人の距離感や関わり方が掴めてきて、鷹夜は楽しくなっていた。 そして何より、彼自身が自分と芽依ではないゲイに対しての嫌悪感が全くない事にも気が付いた。 ゲイビデオで鍛えたからか、書籍まで買って読み込んだからかは知らないが、偏見はあまりない。 いいな、羨ましいな、とは少し思う。 「雨宮さんの恋人さんは、どんな方ですか?」 「、、えっと、」 そして話題は段々と、本題に乗り出し始めた。
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