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第52話「大丈夫だよ」
「歳下で、、背が高いんですよね。190センチ超えてて、ホント、図体デカ男って感じです」
「え、すご。前田よりデカいんだ。お前もデカいのに、お前以上って結構凄いよな」
「んー、周りも割と高身長多いけど190センチ台は聞いたことないっすね。俺が185で、藤崎さんは180で、、あ、お義父さんも高いですよね?先輩低いのに」
「俺は母さん似だし親父の話しをするな」
またバシンッと音がした。
どうやら父親の話しはされたくないらしい。
「何してる人なの?」
「あ、、えと、」
打って変わって西宮からのその質問に、鷹夜は「うん」と口を閉じてしまった。
パインジュースの入ったグラスは汗をかいていて、思わずその雫を指先でチョンチョンと触る。
(何て言おう)
芽依の職業は俳優兼アイドル、つまり芸能人だ。
鷹夜はグラスをつつくのはやめて、ポテトを齧りながら首を捻って、言い方を少し考える。
「?」
「うーんと」
普通に会社員と言って誤魔化しても良いのだが、それだとこの少し厄介なお付き合いの事をあまり正確には伝えられない。
竹内メイだとバレてはいけないが、この先の事を考えると多少のリスクは仕方がないような気がした。
今の鷹夜が頼る先は、この2人しかいないのだ。
(名前は絶対に伏せて、テレビに出てることくらいまでは言ってもいいな。悪い人たちじゃなさそうだし、、)
2人の顔を交互に見てから、鷹夜は意を決して口を開いた。
「俳優と言うか、芸能関係でして、」
「え。絶対格好いいっすよね」
「へえ〜、すご。テレビ出てるの?」
「はい、あの、、だから名前とかはちょっと言えないんですけど、まあ、普通にバレたらヤバくて、すみません」
「あー、そうか。あー、なるほど。全部いいよ、気にしないで。そう言う難しさもあるのか」
色々と、自分とはまた違う苦労の多い恋愛をしていそうだな、と西宮は椅子の背もたれにグッと背中を押し付けて鷹夜を見つめる。
(結構メンタルにキテんのかな。表情が暗くなった)
彼としては、鷹夜の不器用さを汲んでくれていた。
こうやって芸能関係者だと教えるのすら本当は不安な事も、赤の他人である自分たちを信用できないと面と向かって言っているような状況が申し訳ないと思っているのも何となく分かる。
気を遣える、まっとうな人間だと言う事も。
それくらいに、鷹夜の第一印象は「人が良さそう」だった。
何より、先程から西宮が何度か口にしている友人の「義人」と言う人間に、鷹夜は似ていた。
義人(よしと)もまた騙されやすそうで、何より「誠実」さが印象的な人間だ。
普段は人見知りが激しく、また人嫌いの癖が少しある西宮が何故初めから鷹夜とこんなにも気分良く喋れるかと言うと、彼と似ているからと言うのが大きい。
似ているからこそ、義人と重なる鷹夜の誠実さを何となく察する事ができていた。
そして、力になりたいと思った。
「んん、、だからあまり周りにも相談できなくて。男同士と言うのも隠してるので」
「そっかそっか。そりゃあ無理ですよね」
西宮がニコッと笑うと、隣の前田は「うーん」と一瞬天井を眺めてから、ちょっといたずらそうな顔をして鷹夜の顔を覗き込んだ。
「でも190センチ台のタレント調べたら大体分かっちゃいますよ、俺らも」
「あ"ッ」
その一言に、やってしまった、と鷹夜は自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。
確かに190センチなんて言う大きさの人間は日本人にはあまりいない。
特定する材料を与えてしまっていたのだと今更口をパクパクさせた。
「そ、そうか、えっと、」
「あははは!いや、調べないですよ。そこは嫌でしょやっぱり。まあ分かってもこの人?とか確認取らないし、別に周りに言う気もないですよ。そう言うのバラすような嫌な人間ではないので安心して下さい」
「あ、ぁあ、びっくりした。すみません、ありがとうございます」
はあ、と胸を撫で下ろす。
昼時で、店内は段々と混み合って来ていたが、鷹夜たちの席の方まではまだ人が来ていない。
店内でも少し開けた広間になっているスペースの席は、もうほとんど埋まっていた。
休日だけあって、子供連れも増えて来ている。
どこかで小さな子の駄々をこねる泣き声がしていた。
「どうやって知り合ったんですか?」
不安げな鷹夜に、西宮は安心させるように笑い掛けて彼が話しやすいだろう道筋を作ってやる。
「あ、それ、本当に最低な話しなんですけど、」
「うん?」
ちょっとだけ面白い自分と芽依の出会いを、鷹夜は控えめな声で話し始める。
あの頃の芽依は本当にただのクズだったな、と言う妙な懐かしさが浮かんだ。
鷹夜が話す間、2人は黙々とハンバーガーを食べながら、その内容の酷さに眉間に皺を寄せていた。
無論それは、芽依のクズ話しのせいであった。
「それは普通にカス」
話し終わると、西宮は第一声で吐き捨てるように言った。
「いやクズエピソード〜!俺よりやべー!」
「良くそれで付き合うまで行けましたね、、顔に負けたの?めっちゃ格好いいの?」
西宮も何だかんだ面白い人間だな、と鷹夜は思った。
感情移入してくれたのか、本当に少しプリプリしながら身を乗り出して鷹夜に問い詰めてくる。
話し終わった鷹夜は氷が解けて少し薄くなったパインジュースをひと口のみ、「ううんっ」と喉を鳴らした。
「ん、んー。俺的には顔は本当に良いですね。でも顔に負けたって言うよりしつこさと可愛さに負けましたね、、必死過ぎて面白かったんです。あとはまあ、ちゃんと自立するからって言って本当に努力してくれてたんで」
「んー、そうか。騙されてる訳ではないんだね」
「うははっ!騙すくらい器用だったら助かったんですけど、不器用で嘘つけないタイプなんでホント、それは大丈夫そうです」
出会って数十分だと言うのに、西宮は随分と鷹夜の身を案じてくれている。
本当に、良いお兄さんだった。
確かに、芸能人で顔が良く、けれど出会いのあのクズエピソードを語ってしまうと、芽依の印象はチャラくて甘え上手のクズだと地に落ちるだろう。
鷹夜が弄ばれているのではないか。
本当は相手には他に十数人の女がいたり、男がいたりするのではないか。
そんな事を想像しても仕方がない。
これはあくまで、過去の芽依の行いが招いている事だった。
「外で手が繋げないとか、ただでさえ相談できないとか、嫌にならないんですか?」
クズエピソードで芽依に興味が出たのか、先程よりも楽しそうな顔で前田が鷹夜に質問をする。
口が大きいせいなのか、彼はもうハンバーガーを食べ終わっていた。
あとはオニオンリングとポテトが少し皿に残っているだけだ。
「ここまで悩んだの初めてで、今まではあまり感じなかったです」
そうだ。
今まではあまり気にならなかった。
芽依と2人で出かけてもそこまで鷹夜は不自由を感じていなかったし、2人でいられる家の中ではベタベタな恋人だったので外でイチャつけないなんて不満は持たなかった。
それは今もだ。
「家にいるときは2人でゆっくりできるし、普通に友達として外で飯食ったりはできるんで気にしてなかったし。あのー、、えっちできないって悩みが発生して、プラスでこないだ色々ありまして。それで、もう無理だって思ってたときに、お2人と会えることになったので、良かったなあって」
「そうだったそうだった。悩んでんのはセックスできないって話し?何か増えたんだっけ?」
「それもあるのと、あとなんか、、なんて言うのかな、」
鷹夜がやっと、聞きたかった本題に乗り出そうと身構えた。
「男同士って、その、、どこまで求めて良いんですかね」
何かを誤魔化すような、あはは、と悲しげな笑い声が漏れた。
何故だかギュッと胸が苦しくなっていた。
「クズではないけど、色々、その、、無鉄砲に走るところがあって、計画性がない行動が多いんです。それが、危ないことも多くて。そんで、それを止めるのも手がかかってて」
「うん」
どうしよう。
泣きそうだ。
(苦しい)
ここに来て初めて、鷹夜の中で芽依のそう言った行動やあの日の暴走がかなりの重荷になっていたのだと自覚した。
胸の真ん中に重たく黒い塊がある。
押し潰されそうで、思わずヒュッ、と喉が鳴った。
「アレもやめろ、コレもやめろって俺があいつを否定することが多いんです。あまり言いすぎるのもダメだなとは思ってるんですけど、、」
「んー、分かるよ。俺も前田にかなり言うから」
「それって、どんなこと言いますか?前田さんは、、その、イヤになったり、直さないことってありますか、?」
かなり弱っているんだ、と鷹夜の様子を見て前田も理解した。
今日出会ったばかりでも、この上手に気を遣う器用な男が気を回し過ぎて疲弊しているのは十分に分かる。
ずっと1人で悩んでいたのだろう、と2人は視線を合わせてから、2人して鷹夜の方を向いた。
「金遣い直せ、言葉遣いが悪い、先のこと考えて行動しろ。これはずっと言ってることね。最近だと、何かあった?あり過ぎて忘れたわ」
「最近すか?最近はぁ、、あー、新しいオモチャ使おうとしたら蹴り飛ばされたし、先輩が仕事休んだ日に一緒にいたくて仕事休もうとしたらめっちゃキレられましたね」
「ああ、あれもか。あれはお前が仕事貰ってる有り難さを全然分かってないから怒った。あと、買って来たお菓子絶対食べ切らないのもキレたか」
「袋投げつけられましたね〜。しょっちゅうですよ、雨宮さん。しょっちゅう怒られるし、くだらないのも、真面目なのもあります」
最初にあった前田の威圧感はいつの間にか消えていた。
今は何だか、寄り添ってくれているなと感じる。
もしかすると彼は彼で人見知りしていたか、自分も初めて会う得体の知れない鷹夜を西宮と会わせる事が本当は嫌だったのかも知れない。
「直して欲しいところは全部言ってるよ」
笑いかけてくれる西宮の言葉はほんの少し、鷹夜の胸を軽くしてくれた。
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