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「もういいだろ。練習するから出てけよ」
「練習見てていいか? 邪魔しない。見てるだけだ」
「……お前、図々しいな」
「一曲だけとは言ってない。俺はアオイのせいで母さんにいっぱい叩かれた」
「……お前」
「アオイは奥様から叩かれたことなんてないだろ?」
真顔で言い放つスイに俺は後ろめたい気持ちになった。
何も言い返せず仕方なく許すとスイは隣のピアノの椅子をくっ付けて座り、俺の顔を見て目を細めた。
スイは俺の練習を本当に黙って見ていた。
じっと観察するようにして鍵盤を動く俺の手の動きを食い入るように見ているだけだった。
あんまりにも集中して見ているので途中、鬱陶しくなって練習を中断した。
「ちょっと離れろよ。弾きにくいだろ」
「ごめん、ちょっと離れる」
椅子を少し離すとスイはまた集中して俺がピアノを弾くのを瞬きを忘れたように見入る。
俺はため息をつくとチラリとスイを見た。目立つ痣がやはり痛々しい。
ピアノを弾くのをやめるとスイの顔に掛かる髪を耳に掛けて痣にそっと触れた。
「……痛そうだな。大丈夫か?」
スイは一瞬、目を見開いてから細めるとふっと笑った。
「大丈夫。見た目だけで痛くない。アオイはいい奴かも知れないな」
「何だそれ」
「嫌な奴だった」
俺は黙るとスイからそっと手を離した。
忘れていたことを思い出してモヤモヤしたものが胸にかかる。
スイは俺の偽物の弟……。
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