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保育園はペンション『Lavender』から車で15分ほどの場所にある。娘の凛子は0歳の時から保育園で過ごしているので大人びたところがあり、他の園児からも先生からもとても頼りにされている。
1295gで産まれた凛子は身体が小さいながらも障害も残らず、元気に育っている。口数は多くないが欲しいものを見つけると買って貰えるまで岩のように動かなくなる意志の強い女の子だ。それを頼もしくも愛おしく思うと同時に雅子を思い出して辛い。意志の強さは雅子似だ。その強さで自分の母親を退けた。札幌に住む雅子の母親は外国人である自分を嫌い、結婚に反対していた。わたしが雅子をアイスランドに連れて行ってしまうことを恐れたのだろう。雅子はそれに激しく怒ったが、彼女は態度を変えず、とうとう決別してしまった。そしてそのまま雅子の葬式まで顔を合わすことはなかった。
雅子の葬式は地獄だった。「この人殺し! 娘を返してよ!!」と詰め寄られて殴られた時、わたしは義母の姿にかつてのわたしを見た。産まれたばかりの凛子を母親殺しと見做したあの時の顔、まるで鏡だった。凛子を先輩シェフに預けてもらって良かった。もしかしたら凛子にも危害を加えられたかもしれない。
しかし読経中、1つの不安が生まれた。もしこれから凛子が大きくなったら、「どうして私にはママが居ないの?」と聞かれたらわたしはどう答えたら良いんだ? 「ママは凛子を産むとすぐに死んでしまったんだ」と答えるのが1番簡単だし、事実だ。だがもしそれを自分を産んだせいでママが死んだと思い込んでしまったら? 義母がエイリークを人殺しと罵るのなら、エイリークから産まれた緑色の目の娘をも人殺しと括る可能性は十分にある。……それに悲しさのあまりから錯乱していたとは言え、わたしも凛子を母親殺しと恨んだ。それを考える度にわたしは雅子の死の痛手から立ち直っていないことをいやでも突きつけられる。凛子自身がそう思わない、と断言出来る自信がない。そう思ったら凛子に雅子のことを話すのが怖くなった。どう話せば凛子を傷つけずに打ち明けることが出来るのか考えているうちにほとんど話せないまま5年が過ぎた。おかげで凛子は雅子のことについて何も聞かない。恋しがって泣きもしない。賢い子だ。……それがとんでもない間違いだったことを、今日わたしは思い知ることになる。
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