君とママの話をしよう

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 保育園に入ると既に凛子が玄関に座って待っていた。直ぐに何かがおかしいことが分かった。凛子の目が真っ赤なのだ。今は涙を流していないが、不意な拍子にまた泣き出すかもしれないと思った。 「凛子、お友達と喧嘩したのか?」と聞くと凛子は顔を背けて何も答えなかった。ふと顔を上げると入園した時から凛子を見ている百合子先生と目が合った。困ったような顔で手招きしている。わたしは靴を脱いで上がった。 「今日……凛子はどうしたんでしょうか?」 「エイリークさん、そのぉ……凛子ちゃん、珍しく癇癪を起こしてしまって」  凛子は1度口にしたことを取り下げることが嫌いだ。きっと引っ込みがつかなくなってしまったのだろう。家でコーヒーを飲みながらゆっくり話をしようと考えながら「どうしてそうなってしまったんですか?」と聞いた。 「そのぉ……お友達の香奈(かな)ちゃんがもうすぐ母の日だからとお母さんの絵を描き始めたんです。そしたら他の子も同じように絵を描いたり、折り紙でお花を作り始めたんですけど凛子ちゃんだけ『私にはママなんて居ないからしない』と言って……絵が嫌ならお花やメダルを作ろうってみんなが誘ったらとうとう『しつこい!』って怒ってしまって……凛子ちゃん、確かにきっぱりした子だけどあんな風に大声でお友達を怖がらせる子じゃなかったからみんな驚いてしまって……」  わたしは頭を抱えた。香奈ちゃんは凛子とよく一緒に遊んでいる1つ歳下の女の子だ。そんな女の子に怒鳴るとは。わたしはただ頭を下げるしか出来なかった。その上「ママなんて居ない」とは何だ。凛子にもママが居るに決まっている。台所には雅子の写真を置いているから、「ママ」という存在は知っているし、凛子は賢いからそれを忘れるはずがない。何故そんなことを言うのか……  この時、わたしは凛子の為に、と思ってしなかったことが全て間違っていたのではないかと初めて思った。今日家でこのことを凛子と話し合わななければならないが、そこでその報いを受けるような予感がして足元も心もぐらぐら、と揺らいで行くのを感じた。 「失礼ですがエイリークさん、凛子ちゃんはもしかしたら寂しいんじゃないでしょうか? お家で少しだけでもお母さんのこと、話し合ってみて下さい」百合子先生はそう締めくくって今日の報告は終わった。  
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