君とママの話をしよう

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「凛子ー! 凛子、何処だー!! 凛子ー!」  家は大きな道路を右に曲がった細い道の途中にあり、周りは田んぼと畑しかない。しかも電灯はほとんどなく真っ暗だ。こんなに真っ暗では懐中電灯の光も届かない。ホワイトアウトならぬブラックアウトで方向感覚を見失ってしまうだろう。もし迷子になったら……わたしは頭を振った。馬鹿なことを考えるな! 凛子はわたしと違って生まれた時から富良野っ子だ。土地感覚はある。  しばらく走ると近所の人たちが待ち合わせ場所にしている、お椀の形に刈られている木とベンチが置いてある道路に差し掛かった。わたしはそこで休憩した。ベンチに手をかけると力が抜けて倒れ込みそうになった。それを必死で持ち直して荒い息を吐く。今にも吐きそうだ。  凛子の泣き声が頭の中で再生される。『ママのこと、何も知らないもん!!』と叫ぶ凛子は「泣いている」を超えた、もっと深い悲しみと怒りを持っていた。凛子は雅子のことを何も聞かない。だから何も寂しくないんだと思っていた。いないのが当たり前なんだと賢い頭で割り切っているのだと思っていた、信じていた。いや。  凛子はずっと寂しがっていたのだ。当たり前だ。5歳のとても小さな女の子は本当ならとても甘えたがりだ。ママの暖かい抱擁や温もりを求めないわけがない。甘えないのはママがいないから。何も聞かなかったのは、わたしがそれを許さなかったから。保育園で身につけたのだろう、日本人特有の悪癖『言わずとも察せよ』を駆使してわたしの気持ちを読み取ったからだ。そうしないといけない、と強いたのはわたしだ。拳で木の幹を打った。そうでもしないと絶叫して今度こそ胃の中のカレーを吐き出してしまいそうになった。こんな当たり前のこともわからずに小さな娘を責めるなど愚かにもほどがある!  風が吹いた。すると花の香りが鼻を擽った。わたしは泣きそうになった。ラベンダーだ。雅子が好きだった花。その花は今、わたしを責めているように強く香っている。雅子、雅子。すまない。凛子はわたしと雅子のたった1人の子どもでとてもとても大事な存在なのに、わたしの利己心で傷つけた。いつのまにかわたしは泣いていた。今、ここで雅子に謝ることは天に懺悔しているのと似ていて、この時初めてわたしは雅子の死を受け入れられたように思えた。  ひとしきり泣くとわたしは涙を拭いた。もう夜は深くなっている。凛子が何処で寂しがって泣いているかもしれない。パパが早く行かなくては。わたしはもう1度走り出した。      
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