君とママの話をしよう

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 しばらくして電話が鳴った。携帯電話ではなく、ファックス機能がついた親機だ。わたしはこんな時間に誰だろうと訝しみながら電話に出た。 「もしもし?」 『……夜分遅くにすみません。そちらは倉橋雅子さんの旦那様のお宅で間違いないでしょうか?』  わたしの身体が警戒心で身体が強張った。全く聞き覚えのない女性の声だ。わたしよりも歳は上だと感じた。しかし雅子の旧姓を知る人間は限られている。 「……そうですが、あなたは誰ですか?」 『……私は倉橋雅子さんの母の妹の寺尾和江(てらおかずえ)と申します。実は今日の夕方姉の利江(としえ)が亡くなりました。それをお知らせしたくてお電話を差し上げました……』  言葉が出なかった。雅子の死を話した今、凛子を雅子の母にも会わせてやりたいと思っていたところだっただけに5年前に泣いて罵倒した義母が亡くなったことはわたしが思うよりも心に大きな穴を開けた。 「そうですか……それは大変お気の毒でした。気を落とさないでください。お知らせありがとうございます」 『ありがとうございます……あの、葬式は日が無くて土曜日に行うんですが、もしご都合がよろしければ葬式に出てもらえませんか? 子どもの凛子ちゃんも……こんなことを言える立場ではない、と分かっているのですが……』  わたしは絶句した。「良いんですか?」 『勿論です。……エイリークさんさえ都合がよろしければ』 「は、はい。こちらはどうにでもなりますから。ぜひ出席させてください」 『本当にありがとうございます。では案内は後ほど送りますから……』  わたしは電話を切った。どうしたどうしたと聞きたげな凛子と目が合った。 「凛子、ママのママに最後のお別れを言いに行こう」  土曜日の朝、わたしたちは車で札幌に向かった。凛子はスカートを着せられて落ち着かない風に足をぶらぶらさせている。それでも札幌に着いた時は興味津々の顔で外を眺めた。 「パパが働いてたお店って何処?」 「大通公園の近くだ。今はもうないけれど」  札幌市内を抜けて、坂道を登った果てに葬式会場はあった。まるでコンサートホールや市庁舎みたいな建物だ。受付でわたしと凛子と2人分の香典を渡し、「香典返し」なる品物を貰う。その最中、出て行く参列者の視線を嫌なほど浴びる。金髪と黒髪碧眼の父娘が珍しいのだろう。それを凛子がわたしの足下から威嚇する。わたしはやめなさいと宥めながら会場に入った。  和江さんの葬式会場は真っ白な部屋だった。奥に沢山の花と和江さんの写真、いや遺影が飾られている。生前1度も向けられたことのない笑顔だ。わたしは本当に来て良かったのか、不安になった。  その時、凛子が何か叫んだ。その言葉にわたしは耳を疑った。  
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