神様のナンバーナイン

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 久しぶりに弟の夢を見た。  ベッドから起き上がって洗面所へと向かう。いつも着けている、顔の上半分を覆い隠すマスクを外して顔を洗い、またマスクを着ける。このマスクは、少なくともこの星では小学生以上の年齢の人はみな日常的に着けている。なぜマスクを着けるようになったのかという歴史は、服飾史を学ぶ服飾関連の人に研究を願いたい。少なくとも私はマスクを着けることに疑問を持ったことは無いし、幼稚園の頃は早くマスクを着けられるようになりたいと思っていた。  パジャマのまま台所に立って朝ごはんを作っていると、機械的な声が聞こえてきた。 「ドラコはいつも外用のマスク着けてるけど、良くそれで寝られるよね」  そう言って私の顔の横にやって来たのは、ペストマスクを被った人形のようなもの。宙に浮いて私に話しかけてくるそれは、私が錬金術専門学校に通っていた頃に造り出したホムンクルスだ。  ホムンクルスは通常、馬の精液を他の材料と混ぜ合わせフラスコに入れて温めて造るのだけれども、私は馬の精液に触るのが無理すぎたので、代替え技術を開発したのだ。馬の精液の代わりに私が使ったのは、フェルトという不織布と綿、それに血を結晶化させて作るサンゴだ。  このホムンクルスを作り出したとき、錬金術学会は騒然となったらしい。詳しい経緯はその時の先生が知っているけれども、とりあえず私はこのホムンクルスを造ることでなんとか錬金術師免許の一級も取れたし、馬の精液を使わずに造られることから[清浄ホムンクルス]と呼ばれるこのホムンクルスを製造販売して生計を立てている。 「ゼロちゃんだっていつもマスク着けとるやろ」  私がごはんと具材の入ったメスティンをポケットストーブから下ろしてそう言うと、ホムンクルスのゼロはプスーと息を吹いてこう返す。 「私のは据え付けだからな。外れないが正しい」 「そうだけどさ。 まぁ、私はブラも常にワイヤー入りでないと落ち着かない民なので」 「そういえばそうだわ」  メスティンと鍋敷き、それにお箸を持ってテーブルに向かう。椅子に座って鍋敷きの上にメスティンを置いてごはんを蒸らしている間、ゼロと少し話をする。少し前に調べて忘れかけていた本の新刊情報や、昨日何気なく流し見していたニュースの再確認、それと、季節の花や天気の話と、他の星の観光地の話もした。  その話の中で、ゼロがこう言った。 「そろそろ神様の祭日だよね」  それを聞いて思わず溜息をつく。それから、思わずとげとげしい声でこう言ってしまった。 「神様を奉る気はないからね」  するとゼロはちょこんと頷いて、悪びれる風もなくこう続けた。 「ドラコが神様奉るわけないのはわかってんのよ。 ただ、神様の祭日にペリエが祭儀やるじゃん? また牛肉来るだろうから冷凍庫空けておいた方がいいんじゃない?」 「あ! そうだ牛肉!」  ペリエというのは私の友人で、呪術師をやっている。それも呪術師免許一級を持っているというやり手だ。  そのペリエは、職業柄神様の祭日に限らず、なにかしらまじないをする際には祭儀を執り行ったりするので、その時に贄として牛を捧げたりするのだ。  私が小さな頃は祭儀をするのに標準サイズの牛をその都度屠っていて呪術師は大変だったそうなのだけれども、ここ数年はミニ牛という小型の牛が開発、実用化されたので個人経営の呪術師も祭儀をやりやすくなっている。  とはいえ、ミニ牛でもホルモンを含めるとゆうに五、六人前は肉が取れてしまうので、個人経営の呪術師であるペリエから、祭儀の度に肉のお裾分けが来るのだ。 「ペリエの家、ごっつい冷凍庫あるけどそれでもあふれるとか祭儀ヤバいな」 「業務用おいてるもんなあいつんち。 まぁ、それで肉にありつけるならドラコとしても悪い話ではなかろう」 「まあね」  そんな話をして朝ごはんを食べて。今日もホムンクルス造りがんばっていこう。
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