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「ねえ、覚えてる?」
耳に入ってきた囁きに思わず辺りを見渡してしまったのは、今、自分が胸の内で言葉にしたものと同じ台詞だったからだ。声の主は、左斜め後ろで同じ水槽を眺めていた女性だった。話しかけた男性は、彼なのかもしれない。いや。女性がバッグから取り出したガーゼハンカチは、赤ん坊用のそれだ。子どもが見えないのは、誰かに預けたからかもしれない。2人の手にシルバーの輝きを見て、自分の推測に満足した。
「あっ、これケイタのだ。渡すの忘れてたんだあ」
「今頃泣いてるんじゃねえか」
2人は立ち上がって、人の波に消えていってしまった。息子の話をしながらだろうか。それとも、妻が思い出した昔話だろうか。もしかするとここは2人にとって思い出の場所なのかもしれない。50年以上もこの場所にある水族館だ。いつかは息子も連れてきて、思い出を増やしていくのだろう。いつかの自分のように。
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