first chapter

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「あの子、よく来るの?前に見かけたことあるね」  ブレントがマスターに聞いている。 「はい」  ここのマスターは客と静かに話していることもあるが、客同士の情報を流すようなことはしない。常連客を下の名前で呼び、他の客が名字を聞いて簡単に個人を特定してしまうのを避けるという徹底ぶりだ。俺もブレントもマスターの酒に加え、その徹底ぶりを気に入っている。 「綺麗に飲んでたよ、ウィスキーフロート。彼女はいつもあれ?」  ブレントはもう一声とばかりにマスターに聞くが、マスターは静かに微笑むだけで他の客の前に行ってしまった。 「残念だな、ブレント。マスターのあの‘はい’は見かけたことに相づちをうっただけ。よく来るかもわからない」  珍しく女のことを自分から聞いた友人をからかうように言うと苦笑混じりの答えが返ってきた。 「悠衣こそ、彼女を気にかけてただろ?」 「前に見かけたことあるなと思っただけだが?」  数年前に彼女を初めて見かけた時のこと…言葉を交わしてもいない、目も合っていないがよく覚えている。彼女の華奢な腕に巻き付いている時計が俺の好きなブランドの物だったから。決してメジャーなブランドではなくこだわりの高級ブランドと言えるだろうそのレディースタイプの物を着けている女性を初めて見つけたので、さりげなく彼女を観察した。  左手首に俺の目を引いた腕時計。その先、左手薬指にマリッジリング。彼女の右隣にモデルのような男。ああ…既婚者か…
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