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「なぁ、覚えてるか?」
「えっ、何が?」
「今日が何の日か、だよ」
「わかんない。なんかあったっけ? あ! 涼太の誕生日とか?」
会社の昼休み。涼太は今朝の理恵との会話を思い出していた。
今日は付き合って三周年目の記念日。彼女は大して気に留めていないだろうとは予想していたけれど、まさか記念日だということを覚えていないうえ、誕生日と勘違いされるだなんて思わなかった。
出社前にコンビニで買ったおにぎりを取り出そうと、カバンの中に手を入れる。ごそごそとまさぐっていると、ふと手に四角い箱が触れる。
今日の夜、理恵に渡す予定だった婚約指輪だ。
予定だった、というのは、渡すのをやめたという意味だ。別に愛想を尽かしたわけではない。ないけれど……と、涼太は思う。
この先もダラダラと惰性で付き合い続けて、そのままなんとなく結婚するのだろうか。そう考えるとどうしても釈然としない気持ちになる。
「二宮さん、お疲れ様です! 難しい顔してますけど、どうかしたんですか?」
後ろから覗き込むように、ボブカットの茶髪が視界に入り込んできた。後輩の美沙だ。涼太も「お疲れさん。ちょっとな」と返す。
美沙はしばらく考えるように白くすらっとした指を顎に当てていたが、やがて「あっ」と声を上げた。
「わかった。彼女さんと喧嘩でもしたんじゃないですか?」
「喧嘩じゃないけど、まぁ、そんなところだ」
曖昧に返す涼太。すると美沙はポケットに手を入れ、
「ガムでも食べます? 気分転換になりますよ」
そう言って、見たことのないパッケージのガムを差し出してきた。鮮やかなグラデーション柄の長方形の入れ物には「フューチャーガム」と、これまた聞いたことのない商品名が書いてある。
「へぇ。初めて見るけど、これ何味?」
「それがすっごく不思議なことに、食べた人次第で味が変わるらしいんですよ」
「えぇ、嘘だぁ」
「しかも、なんか幻覚作用みたいなのもあるんです」
「幻覚? おいおい、そんな危なそうな物食わそうとするなよ」
「ふふっ。大丈夫ですよー。私も食べたんで」
「本当かよ」と言いながらガムを受け取る。悪戯っぽい笑顔がとても怪しい。
「二宮さんにだけ、特別にプレゼントします。お口に合うといいんですけど」
くりっとした目で見上げる仕草に思わずドキリとしてしまい、涼太は一応、心の中で理恵に謝罪をした。
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