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美沙が去った後、涼太はガムを一枚抜き出し、銀紙の包みを開いてみた。中にはぱっと見なんの変哲もない、薄橙色のガムが。
まぁ、眠気覚ましぐらいにはなるだろう。涼太は早速ガムを口に放り入れ、一噛みしてみた。
瞬間、まろやかで香ばしい風味が、口全体にじんわりと広がった。
なんというか、懐かしいような、ホッとするような。
例えるならそう、お袋の味とでも言おうか。食べるだけで心温まる、そんな感じの味。
美味しい。
涼太はガムをゆっくり何度も噛み締める。そしてある程度柔らかくなった後、何の気なしにガムの風船を作ってみた。
するとどうだろう、涼太の頭の中に突然、昔ながらの日本家屋の縁側に腰かけているようなイメージが、膨らんできたのだ。
イメージの中の視点が勝手に右に移ろう。するとそこには見知らぬ老婆が一人、湯飲み茶椀を持って座っていた。
しかし知らない女性のはずなのに、どことなく馴染み深い顔な気がする。
ふと目が合うと「幸せねぇ。おじいさん」と言って老婆は笑った。その笑顔を見て、涼太は気付いた。
理恵だ。
すぐにわからなかったけれど、表情に面影がくっきりと残っている。
風船が割れた。すると同時に、脳内のイメージも弾けて消えた。涼太は慌ててもう一度風船を作ってみる。すると、再び先ほどと同じ景色が浮かんだ。
家の庭では小さな子供が三人、元気に走り回っている。涼太の知らない子供たちだ。理恵と、その隣に座る「おじいさん」とやらの孫だろうか、と涼太は推測した。
そしてその「おじいさん」はきっと……確信にも似た予感に、涼太はフッと頬を緩めた。
それにしても、ほのぼのとした風景だ。
おじいさんが理恵に語りかける。
「おばあさん、今日が何の日かわかるかい?」
「さぁ? 何かあったっけ」
その言葉を最後に再び風船が割れ、イメージが途切れた。
続きを見ようとガムを噛むが、単調な甘さに、涼太は若干飽き始めていた。というか、味自体も薄くなってきたような。
なんとか三つ目の風船を膨らませる。が、さっきの光景が浮かぶことはなかった。
なるほど。一枚食べ、涼太はガムの用途をざっくりとだが把握した
これは「未来の自分」を見るガムだ。ただし、見られるのは風船を膨らませている間だけ。しかも、おそらく味が無くなれば終わりという制限時間付き。
いやはや、これは面白い。涼太は美沙に感謝しつつ、すぐに次のガムを口にした。
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