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三枚目は鮮やかな黄色のガム。きっと、前の二枚とはまた違った未来を見せてくれるはずだ。
口に入れた途端、柑橘系のフレ―バーが鼻をスッと突き抜けた。程よい酸味と仄かな甘みが見事に調和して、口の中で爽やかな刺激がパチパチと弾ける。
初めてのような新鮮さがありながら、良く知っているような中毒性も感じる、なんとも形容し難い不思議な味。味が強烈すぎて、逆に舌が疲れてしまいそうなほどだ。
だけど、一つ目のガムに負けないぐらい美味しい、かも?
涼太は逸る気持ちに身を任せ風船を膨らませた。
「あなた、来月でいよいよ金婚式ね」
シャンデリアの付いた洋室で、正面に座った、理恵ではない老婆が言った。このガムが見せる未来の自分は、こんな小洒落た雰囲気の家に住んでいるらしい。
それよりも気になるのは、話し相手の女性は一体誰なのだろうか。状況から見るにおそらく結婚相手のようだが。
「そうだな。今年の記念日は何をしようかね」
「せっかくだから、今まで体験したことのないことをしたいわ」
「それはいいね。でもこの五十年で体験していないことって、何かあるかな」
「いくらでもあるわよ。私、まだまだやりたいこと、たくさんあるの」
そう言って老婆は円らな瞳を爛々と輝かせた。
一つ目の風船が割れた。さぁ次だ、次。涼太はすぐに、二つ目を膨らませる。
先ほどと同じ部屋。「そうだ」と言って老婆は席を立ち、取っ手の付いた小さめな箱を手に、すぐ戻ってきた。
「駅前のケーキ屋さんでね、新発売だったから、つい買っちゃった」
彼女が箱から取り出したのは、ミカンがふんだんに乗った、かわいらしいタルトだった。
「あら! おいしい」
「そうだね。控えめな甘さが丁度よくって、酸味がアクセントになっていて……なんだか、これを食べてると、昔を思い出すなぁ」
「もしかして、私があげたガムのこと?」
驚いた拍子に息が漏れ、風船を割ってしまった。「私があげた」って、まさか……。
急いでガムをこねくり回し三度目の風船を膨らませた時、未来の自分はすでにタルトを食べ終えていた。
「美味しかったよ。ごちそうさま」
「それにしても、二人して同じことを思い出してたなんて、面白いわよね」
「そりゃあ、今にして思えば全く同じ味だったわけなんだから、同じきっかけで思い出したとしても不思議じゃないよ」
「ふふっ。それもそっか。ねぇ、あなた」
悪戯っぽく笑う老婆の顔に、涼太は確かな既視感を覚えた。
「最後に、あの味を選んでくれてありがとう」
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