悪魔ではなく

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 その言葉には、Xも「は?」と疑問符を投げかける。けれど、男はXの戸惑いに気付いた様子もなく、大声で叫ぶ。 「助けてくれ、街を滅ぼす悪魔が来たぞ!」  その声をきっかけに、街は混乱に陥った。Xの姿を見るなり逃げ出すもの、逆に思い思いの凶器を持って殴りかかってくるもの、それらの間を縫ってXは駆けだす。けれど、どこに逃げろというのか。街の外の森に逃げ込めばよいのか。私がどれだけ考えたところで、Xに届くわけではないのだけれど――。  そう思った時、Xの腕が強く引かれた。見れば、一人の女がXの腕を掴んでいた。 「こっちよ、来て」  引かれるままに足を進めれば、女は建物と建物の間に体を滑り込ませて、身を潜めた。Xもそれに従えば、すぐ目の前をXを探す男たちが行き過ぎるのが見えた。 「……大丈夫?」  ぽつり、響く声。Xは改めて女を見る。……その顔には、やはり覚えがあった。 「君は、あの時の」 「覚えていてくれた?」  女はぱっと笑う。忘れられるはずもない、昨日助けた少女と同じ顔で。だが、目の前の女は「少女」と呼べる年齢ではなくなっている。先ほどの男と同じように、たった一日でこれだけの年齢を重ねている。  否、そうではない。そうではない、のだ。 「二十年前に、わたしのこと、助けてくれたでしょう?」  二十年前。「二十年」が我々の使っている暦と同じものかはともかくとしても、「一日」とは異なる時間であることは間違いないだろう。私たちが観測していない間に、この『異界』ではそれだけの時間が経過していたということだ。
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