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「あなたは、全然変わらないのね。もしかして、本当に、悪魔なのかな」
女はXを見上げて笑ってみせる。Xは状況を把握するのに精一杯なのだろう、何も言葉が出ないままでいる。そんなXの手を握りしめて、女は言うのだ。
「でも、怖くはないよ。あなたが、わたしを、わたしたちを助けようとしてくれたのは、本当だって思ってるから」
「……だけど、私は」
結局、何もできなかったのだ。獣に襲われた街を前にして。……おそらく、そんなことを言おうとしたのだろう。が、その唇は、女の指先によって塞がれる。
「わたしは、あなたを信じてる」
Xはそんな女を見下ろして、一体何を思ったのだろうか。何かを言おうと、口を開いて声を放ちかけて――。
「後ろ!」
女が悲鳴を上げる。Xがとっさに後ろを振り向くと、両手で棒を振り上げる男と目が合った。
「見つけたぞ、悪魔!」
そのまま勢いをつけて振り抜かれる棒を何とか避けるが、狭い建物と建物の隙間では上手く動けずに壁に背をつける形になってしまう。その間にも、人の気配がどんどん迫ってくるのがわかる。完全に逃げ場を失ったといえる。
怯える女をちらりと見たXは、ふ、と息をついて。
「信じてくれて、ありがとうございます。そして、」
ごめんなさい、と。小さく呟いて。再び棒を振り上げてくる男を見据えたまま、その言葉を、唱える。
「引き上げてください」
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