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かくして、引き上げは済んだ。上体を起こしたXはじっと己の手を見つめている。直前まで女の手を握っていたその手を。
「どうやら、こちらと向こうでは、時間の流れがずれるみたいね。そして、その間に、外から来たあなたの存在が幾分歪めて語られるようになった……、といったところかしら」
突然現れて消える「外の人間」に全ての責を押し付けるというのはこちらでも昔からあることだ。それは『異界』でも変わらない、ということであろう。
「これ以上の探査は難しいかもしれないわね。あなたにも負担を強いることになる」
すると、Xは顔を上げて、私を見た。何か、言いたいことがある時の合図だ。私は一つ息をついて、Xに発言の許可を出す。
「いいわよ、発言があるなら聞くわ」
「……もう一度だけ、潜らせてください」
「珍しいわね、あなたから希望を聞くなんて」
Xは私の命令を聞くだけのサンプルだ。私がそうあれと命じたわけではないのだが、X自身がそう思い極めているところがある。故に極めて珍しいことだ、Xが己から『潜航』を希望するなど。
「私は、もう一度、彼女に会わねばならない、そんな気がするんです」
理由としてはあまりにもあやふや。けれども、私は「一度だけなら」とXの言葉を認めた。何となく、私自身もそうしなければいけないような気がして。
そして、そのまま『潜航』が行われることになり――。
Xは、彼女ともう一度、相対したのだった。
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