悪魔ではなく

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「……ああ、やっぱり、来てくれたのね」  彼女はXを待っていた。寝台の上で、すっかり老いた姿になって。  街には、いつからか不治の病が蔓延するようになったのだと、彼女は言った。それもまたXという、外からやってきた「悪魔」のせいなのだとも。  事実としてXはここにいて、病に倒れた彼女を見下ろしている。  彼女の、老いさらばえた手がXに向けて伸ばされる。Xは少しだけ躊躇った後に、その手にそっと己の手を重ねて、指を絡めた。その手の感触を、私が知ることはない。私が観測できるのはXの視覚と聴覚だけで、触覚までは読み取れなかったから。  彼女は目を細めて、嬉しそうに笑ってみせる。 「あなたの手、いつだって温かいのね」  Xは答えない。その代わりに、彼女の手を握る力を強めたようだった。その手触りを確かめるように。もしくは――忘れない、ように。 「あなたがいない間、色々なことがあったの。本当に、色々な、ことが」  彼女は言葉を言い終わる前に激しく咳き込む。Xは慌てて彼女の背中を支えようとするが、彼女が首を横に振ったことでその手が虚空で止まる。 「いいの。どうか、手を、握っていて」  咳の合間に投げかけられた言葉に、Xは「はい」と答えて彼女の手を握りなおす。ゆるりと体を布団の上に横たえた彼女は喉から嫌な音を立てながらも、表情は酷く穏やかだった。
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