悪魔ではなく

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 一歩、一歩、辺りを見渡しながらのゆったりとした探索は、しかし、ものの数分で中断されることになる。何者かの、助けを求める悲鳴によって。  私の声が『異界』にいるXに届かない以上、『異界』での判断は全てXに委ねられている。そして、Xは迷わず悲鳴が聞こえてくる方向に駆けだした。草を踏みつけ、木の根を飛び越えて走っていくうちに、人の足で踏み固められた道へと行きあたる。そして、そこをまろぶように駆けてくる少女と出会ったのだった。 「助けて!」  西洋の御伽話に出てくるような服をまとった少女は、こちらにもわかる言葉で言った。見れば、すぐ背後には犬に似た姿の大きな獣が迫っていて、今にも少女に飛び掛かろうとしていた。  このような場面に出くわした際のXの判断は決まり切っていて、私は思わず額を押さえる。  Xは私の想像通り、探査という大目的を放り投げ、獣と少女の間に割って入ったのである。獣がXの肩に取り付き、その喉笛に噛みつこうとするも、Xは獣の爪が体に食い込み裂けるのも構わず獣の体を片腕で力任せに押し返したことで、かろうじて喉へ食らいつかれるのは回避した。  Xから離れて地に降りた獣は、Xの傷口から漂う血の匂いに更に興奮したのか、だらだらと涎を垂らしながらXに迫る。Xは背後の少女を庇うようにその場に立ちはだかる。もはや逃げるという選択肢はXには存在しなかった。  すると、獣が不意に虚空に視線を向けたと思えば、尻尾を巻いてXに背を向けて逃げ出した。Xが背後を見れば、ごうごうと燃える松明をかざした男が数人やってくるところだった。
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