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パンパン、と店主が手を叩けば何もないと思っていた壁紙に鳩時計が現れる。小さな扉に指を入れ、器用に鳩人形だけを取り出した。人差し指ほどの大きさで玉虫色だ。
「この鳩が本当にお兄さんを探してくれるのですか?」
ええ、と鳩人形を両手で包む。ぎゅっと力を込めるとバササと音が聞こえてきた。ゆっくり広げると、店主の手の上で鳩がキョロキョロと目を動かしている。
「生きてる……」
「代償は過去へと旅立ったあとで結構です。鳩は優秀ですからねえ、きっとまた元の場所へ戻してくれますよ」
不確かな希望だ。無事に帰れる可能性は五分五分といったところだろう。
「はあ、本当によろしいのでしょうか。心配という感情が芽生えてきました」
心配を微塵も感じさせない口元で最終確認をしてくる。
特別ですよ、と教わった方法の代償は【感情】らしい。方法だけが記されていて店主も経験がないため、たとえ帰ってきて人助けをしても感情が戻ってくるとは限らない。だから普段はキラキラパーツを担保というけれどこの場合は代償だとか。とにかく、お兄さんを見つけ出せたら何らかの感情をとられるのだ。
「かまいません。やります」
なるほど、と口角をあげる。店主の口元は常に弓なりだ。
「そうそう。もし過去の自分に接触する場合、バレると帰り道に支障をきたします。このオリィブを飲んでください」
オリーブの実を三粒、鳩時計の隙間から取り出し、ピンクのリボンが付いた小瓶に入れてくれる。
「一粒で一時間、正体を隠せますから」
こんな風に、と自分の顔を指差す。モヤの魔法ってことか。
「といっても効果は徐々に薄れます。三粒目は慎重に」
「わかりました」
「恐ろしいですか?」
少し、と答えれば店主は「恐ろしいという感情はどんなものでしょう」と胸に手を当て口角をあげた。
「私にはよくわかりませんが、お見送りだけはさせていただきます。では良い旅を……」
店主はふうっと鳩に息を吹きかける。時折羽ばたこうとバタついていただけの鳩が大きくなり、辺りも巻き込んで風の渦になる。
「いってきます!」
叫んだが、届いたかはわからない。にこやかに手を振る店主の姿も見えなくなってくる。
「くるっぽ!」
鳩がひと鳴きして、身体がふわっと宙に浮いた。
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