第2話 夢の世界

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第2話 夢の世界

胸はドキドキと音を立てながら、真新しい作業着に腕を通す。今日から新しい場所で新しい仲間と一緒に、夢見た仕事が始まる。 「お母さん、行ってきます。」 私は、スカートの事務服から、スラックスの作業着に変わった姿をお母さんに見せた。 「行ってらっしゃい。桜羅、似合ってるわよ。その制服。」 陰には不安が見え隠れしている表情。しかし、私に向けた表情は穏やかだった。私は「よしっ!」と自分に渇を入れ、玄関の扉を開けた。その先にある熱い太陽のうよな、泥水の中に咲く蓮の華のような、そんな自分になることを夢見て——。 「おはようございます。今日からよろしくお願いします。」 会社に入ると、5.6人の社員が既に出社していた。挨拶をすると飯岡部長が歩いて来た。 「上原さん、よろしく。早速だけど、会議室に行ってくれるかな?今日から君が担当する現場の打ち合わせを、これからするところだから。会議室は、階段を上がって左の扉だからね。」 「わかりました。」 私が担当する現場、どんな現場なのかな。初めての現場にワクワクする。飯岡部長に言われた通り、会議室に向かった。まだ、誰も来ていないようだ。会議室で1人、数分待っていると40代くらいの社員と若い社員の2人が入ってきた。 「おはようございます。今日からお世話になります、上原桜羅です。よろしくお願いします。」 緊張しながら挨拶をすると、2人は自己紹介をした。 「おはよう。俺は土木部主任の上川智之。こっちはペーペーの深澤隆太。よろしくね。」 「ちょっと、上川さん、ペーペーって……。深澤隆太です。よろしく。」 隆太って、どこかで聞いたような……。でも、同級生にも居そうな名前だし、気のせいかな。 「よろしくお願いします。」 聞き覚えのある名前だとは思ったが、その時は気にもとめていなかった。 「今回の現場ってどんな現場なんですか?私、全然わからなくて……。」 「橋梁補修工事だよ。古くなった橋を補修して安全を保つための工事。俺は何年かぶりに担当するけど、隆太はこの間まで担当してた現場も橋梁補修だったから、もう俺よりスペシャリストなんじゃないか?」 上川さんは笑いながら言う。深澤さんは「そんな滅相もない!」と言いながら嬉しそうな反応を見せた。2人を見ていると、コントをしているみたいで、なんだか面白い。 「そういえば、私がこの間見た現場も橋の補修工事でした。やっぱり、街の安全を守れる建設業ってかっこいいですよね!」 隆太さんは、私の言葉に驚いた様子だった。 「そう思う⁉すっごい汚くなるしきついから、俺はなんでこの仕事してるんだろうって毎日疑問に思ってるよ。」 「汚くなることも、建設業の醍醐味だと思って頑張ります!自分が汚くなった分、街がきれいになるなら私は嬉しい……かな?あっ!でもっ!まだ経験もしたことないし、まだなにもわからないので、始まってみたらどうなるか……。」 入社したばかりで初心者の私が、分かったような言い方をしてしまった……。初日から、やらかしてる気がする……。 「この隆太と違って桜羅は志が違うから、頑張れると思うよ。みんなでサポートするし、一緒に頑張っていこうな。隆太が言ったことは、佐伯にチクるかな。」 「そんなぁ~!ダメですよ!佐伯さんには内緒でお願いします!なんとか!この通り!」 また2人のコントが始まった。楽しい現場になりそう。堅苦しいイメージから一転、みんなの距離が近くて面白い人たちが集まっている。少し、安心した。 そういえば、上川さんが言ってた佐伯さんってどんな人なんだろう……?優しい人だったらいいな。 しばらくすると、飯岡部長が来た。「待たせて悪い、始めるから適当に座ってくれ。」と言いながら、席についた。 「これから、笹目地区橋梁補修工事の打ち合わせを始める。佐伯は下請けの業者が来て、今打ち合わせ中のため、終わり次第こちらに来ることになっている。」 そういえば、上川さんたちがさっき話してた佐伯さんって人、同じ現場なんだ。 「えー、まずは、工事の担当者から。現場代理人兼主任技術者が佐伯、社内検査員に上川、工事担当は隆太と桜羅。この4人で現場を進めていく。」 いきなり聞いたことのない単語が並んだ。一番最初の段階なのに、全然わからない……。私は、持参したノートに飯岡部長の話すことをメモすることで精一杯だった。 ——ガチャッ!—— 「すみません、遅れました!」 突然、会議室の扉が勢いよく開き、私は驚いて扉のほうを見た。 「おお、来たか佐伯。今始まったばかりだから、問題ない。」 佐伯さん——。初めまして、のはずだった。 ——ガタンッ—— 入って来た男性を見て私は立ち上がってしまった。見覚えのある顔。あの時、公園のそばで工事をしていた人。私に一歩踏み出す勇気をくれた男性だった。 「桜羅、どうしたいきなり。」 全員が驚き、私のほうを見た。上川さんに言われ、私は我に返った。 「あ……、すみません。」 そう言って私は座る。 「あれ?君は、あのときの?」 佐伯さんは、私に近づき声をかけた。覚えててくれたんだ……。 「あっ、はい!上原桜羅と申します。よろしくお願いします。」 「新入社員って君だったんだね。俺は佐伯大翔。よろしくね。」 佐伯さんは、あの時と変わらない優しい笑顔だった。 「なんだ、2人とも知り合いだったのか。」 「あ、いえ。一度だけ会ったことがあって。そのときから、彼女は建設業に対して熱い思いを胸に秘めていたようですよ。」 飯岡部長と佐伯さんが会話する中、佐伯さんは私のほうを見てニコッと笑った。私は照れくさくて、少し口角を上げながら俯いた。 「そうか。じゃあ佐伯も来たところで、打ち合わせを再開する。次は工事概要だな。あとは佐伯、任せたぞ。」 飯岡部長は、打ち合わせの進行役を佐伯さんにバトンタッチした。 「はい。えーでは、概要についてですが、工期は1月10日から12月25日まで。発注者は国土交通省。工事の内容として、橋台・橋脚の断面修復および沓座の交換、桁は当て板補修および塗装。上部工に関しましては、伸縮装置の交換、床版補修・防水、舗装は切削オーバーレイ、高欄の交換。点在型になっており、全部で4橋の補修工事となります。」 ……冷汗が出てきた。聞いたことのない単語がずらりと並ぶ。マンガに例えると、目が渦巻きになっている状態。他の人たちは配布された資料を見て頷きながら話を聞いている。私は、異国に来た気分だった。とにかく聞こえてきた単語をひたすらノートに書き留めた。建設業は経験が物を言う、と言う言葉がぴったりだ。 約1時間半程で打ち合わせは終わり、担当の社員は工事内容について話ながら出口に向かう。飯岡部長は、私を連れて会社内の案内をするよう佐伯さんに命じて会議室を出て行った。そんなことはつゆ知らず、私は書き留めたノートを見ながら会議室を出ようとした。トボトボと歩いていた時、佐伯さんが私に声をかけた。 「桜羅!」 「はい!」 ノートを見るため、下を向いていた私は顔を上げた。 「どうだった?だいたいの工事内容は掴めたかな?」 「佐伯さん……。すみません、全然わかりませんでした!初めて聞く単語ばかりで……なにがなんだか……。聞こえてきた単語をメモするのが精一杯でした……。」 正直に話してしまった。ここで見栄をはってもしょうがない。でも……『できない子』『物分かりの悪い子』そう思われたらどうしよう……。そんな不安が頭をよぎった。しかし、佐伯さんは不安がる私を前に笑って見せた。 「あはは!大丈夫、大丈夫!最初はそんなもんだよ。それに、分からないからと言ってただ居るだけじゃなく、桜羅はちゃんとメモをとっているんだろ?それだけでもすごい事だ。」 佐伯さんは、私の頭にポンッと手を置いた。 「これからちゃんと覚えていったらいい。せっかく勇気を出して踏み出した一歩なんだから、焦らないで自分のペースで成長したらいいよ。」 「ありがとうございます。」 佐伯さんの大きく暖かい手、優しく包み込むような言葉。 「でもね、桜羅。メモしたことを読み返すことはいいことだけど……。」 佐伯さんは、私の頭から手を下ろしポケットに入れた。そして、とても言いづらそうに目をそらした。……と、思いきや、こちらを見てニヤッと笑った。 「手帳を見てる時の桜羅の顔、般若みたいだった。あんまり考え込んで眉間にシワ寄せてると、せっかくの可愛い顔が台無しになっちゃう。」 そんなに怖い顔してた⁉全然意識してなかった……。 「すみません、以後気を付けます……。」 なんだか、恥ずかしい。加えて佐伯さんのポーズや仕草がかっこよく見えて、なおさら恥ずかしい。 「さっき、部長から桜羅のこと連れて会社の中を案内するように言われたから、さっそく行こうか。」 「そうだったんですか、よろしくお願いします。」 2人で会議室を後にし、一部屋ずつ周った。 「ここは総務部の部屋で、保険関係や経理などは総務のほうでやってくれている人たち。」 「あ!佐伯さん!おつかれさまです!お菓子ありますよ!」 事務の女性の1人が佐伯さんに近づいてきた。競うように、もう1人の女性も近づいて来て「お茶淹れましょうか⁉お疲れでしょうから。」と言った。 佐伯さんは、「あはは、大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます。」と言いながら遠慮がちに言う。総務部の部屋を後にするとき、ヒソヒソ声で事務の女性が話しているのが聞こえた。 「やっぱり佐伯さん、かっこいいよね~!」 「うんうん!あの笑顔にやられるって言うか、頑張れるよね!」 女性にすごく人気のある人なんだな……。背が高くルックスもかっこいい佐伯さんの女性人気は大体想像はついた。 続いて、階段を昇り上の階にあがった。 「ここは建築部の部屋。」 説明しながらドアを開けた佐伯さんに、1人の男性が近づいてきた。 「佐伯さん、この間はありがとうございました!おかげで役所の検査も合格することができました!」 「そうか!よかったじゃないか。初めての現場も上手く出来たな。一歩成長した証拠だよ。」 そう言うと、佐伯さんは男性の頭をポンポンと撫でた。男性は、顔を赤らめながら席に戻る。 「佐伯!新人ちゃんか?」 いかにもベテランそうな男性が佐伯さんに問いかけた。 「半田部長、お疲れ様です。土木部に入った上原桜羅です。飯岡部長から社内を案内するように言われましたので。今日から私の現場に配属されることになりました。」 半田部長とは、萩原建設 建築部の部長のようだ。 「そうかそうか。佐伯の下で働くなら何も問題ないな。桜羅ちゃん、佐伯は本当に仕事が出来て、いいやつだから安心して何でも聞くといいよ。」 「はいっ!わかりました!」 佐伯さんは信頼度もすごく高い。その後、丁寧に説明しながら、私の歩くスピードに合わせてゆっくり案内してくれた。 「最後に、分からないところはあるかな?」 「いいえ、わかりやすすぎて、分からないことが分かりません!」 私の正直すぎる答えに佐伯さんは、また優しい笑顔で笑いかける。なんだか、少し距離が縮まった気がして嬉しかった。事務の女性社員からはもちろん、男性社員からの信頼も厚く、みんなが佐伯さんを慕っている。そして、事務の女性社員の間では、『ルックスもかっこよく身長も高く、仕事ができる佐伯さん』の取り合いになっているらしい。すごい人だったんだな……。そんな人に私は町中で声をかけ、会社の案内までしてもらった。これから同じ現場でもっと迷惑をかけることになるかもしれないのに、女性社員からの視線が痛い……。 「それじゃあ、これから現場に行くから、俺の車の後ろをついてきてくれるかな?明日からは、自宅から直接現場に来てもらうことになるから、道を覚えてもらわないといけないし。」 「わかりました。会社には来なくてもいいんですか?」 「うん。基本的にうちの会社は直行直帰だから、会社に行くのは給料日の月例会議の時と必要な書類を取りに行くときくらいかな?会社の人たちとは電話でやり取りすることが多いよ。」 「そうなんですか、わかりました。では、後ろをついていきます。」 私たちはそれぞれ自分の車に乗り込み、現場に向かって出発した。 1時間ほど車を走らせ、砂利で整備された土地へ到着した。 「ここが、現場事務所を建てる場所だよ。現場は、現場事務所の設立から始まるから、ここにトレーラーでプレハブのハウスを運んできて、組み立てていくんだ。」 プレハブで建てられた小屋のような物は街中で何度か目にしたことがあった。そのため、なんとなくはイメージができた。 「事務所を建てる時は業者さんにお願いすることになっているんだけど、桜羅にはこの場所にいて危険な作業をしていないか、指定した場所に建てられているか、監督をしてもらおうと思っているんだけど、できるかな?」 「はい!あ、でも、建てる位置とかのレイアウトはもう出来ているのでしょうか?」 「大体は考えているんだけれど、ちょっと悩みどころがあってね。それは、この後会社に戻ったら、みんなで考えて決めようと思ってる。桜羅、初の監督業務だよ。」 『初の監督業務』その言葉に心は躍る。現場ではないけれども、大切な仕事。自然と私は気合が入った。 「頑張ります!みなさんがお仕事したり、休憩したりする場所ですもんね!しっかり見張っておきます!」 「その意気だよ、桜羅。じゃあ次は現場を案内するから、俺の車で一緒に行こうか。桜羅の車は、ここに置いて行ってもいいから、鍵だけはちゃんとかけてね。」 「わかりました。よろしくお願いします。」 私は、自分の車の鍵が閉まっていることを確認し、佐伯さんの車に乗り込んだ。なんだか、佐伯さんと車の中で2人きりだとちょっと緊張するな……。そんな私の様子を見て、何かを悟ったのかこちらに顔を向けた。 「緊張してる?大丈夫、ドライブ気分で行こうよ。」 少年のような笑顔で話す佐伯さんは楽しんでいるようだった。 「実は俺も、今回の現場に行くのが2回目くらいかな?そんなに行ってないから、いろいろと見て回りたいところがあるんだけど、付き合ってくれるかな?」 「もちろんです!私も勉強になりますし、是非!!!」 「んじゃ、いざ出発!」 そう言うと、車を発進させた。佐伯さんの言葉で緊張が解れた私は、ドライブ気分で佐伯さんとたわいのない会話をしながら現場へ向かった。そして、10分ほどで到着した。 「ここが1つ目の現場の南大橋。今回の工事のメインになる橋だよ。」 全長約500mとは聞いていた。想像以上の橋に私は度肝を抜かれていた。 「大きな橋ですね……。」 「そう、この橋の工事内容がいちばん多くてね。この橋の下に、吊り足場って言って、足場をかけるんだ。そのかけた足場の上で作業をする。補修って言うのは、コンクリートで出来ている橋台や橋脚を調査して、劣化しているところを部分的に直す。その方法は、実際に作業するときに、ちゃんと教えるからね。今は大まかな作業内容だけ、覚えていってくれたらいいかな。」 「わかりました。でも、足場の上での作業ってなんだか怖そうです……。川に落ちそう……。」 「大丈夫。ちゃんと強度も計算されて、耐荷重も出しているし、安全帯も装着して作業するからね。」 「そうなんですね……。やっぱり、安全面はすごく大事なんですね。」 「もちろん!ある意味、建設業は命がけの業界だから、誰一人も命を落とさないように、安全面をしっかり確保するのは、俺たち監督業の仕事だよ。」 歩道で川を見ながら話していた佐伯さんは、くるっと180度回転し、今度は道路に体を向けた。 「桜羅、作業は橋の下だけじゃないよ。上部工って言って、舗装の補修工事や、伸縮装置の交換もあるからね。」 私も道路のほうに体を向けた。 「佐伯さん、伸縮装置って何ですか?」 聞いたことのない言葉に私は疑問を投げかけた。 「伸縮装置って言うのはね……、ほら!あそこ!舗装と舗装の間に、鋼材が入っているのが分かるかな?」 佐伯さんが指さしたほうを見ると、舗装が何かで区切られているのが見えた。 「あの、溝みたいになっているやつですか?」 「そうそう。あれを伸縮装置って言うんだ。橋台や橋脚と同じ場所についているのがわかるかな?」 その伸縮装置とやらが付いているところまで歩いて行き、下を覗くと、橋脚が見えた。 「あ!本当だ!同じ場所についています!」 「橋は、外気温によって伸びたり縮んだりするんだよ。ボールなんかも、夏はパンパンに膨れ上がったり、冬はしぼんでしまったりするだろ?それと同じで、橋も伸縮するんだ。その動きに対応するためにつけられるのが伸縮装置。これは、今の痛んでいる舗装を全てはぎ取った後に新しい物と交換して、新しい舗装で埋め込むって言う感じかな?」 「そうなんですか……。一言に橋って言ってもいろいろ複雑になっているんですね……。」 やっぱり、実際に現場に来てみると、勉強になることばかりだ。自分の目で見て経験することがいちばんの勉強になるんだなと実感した。 一通り説明し終わると、佐伯さんは「ちょっと橋の下のほうに行ってみよう。」と言って歩き出した。私は、佐伯さんの後を追って歩いた。橋の下に着くと、佐伯さんは腕を組み、何やら考え込んでいる様子。 「どうされたんですか?」 「いやね、足場の資材を置く場所を考えているんだ。足場の組立て作業中に現場入りする業者さんもいるから、車の停める位置やそれぞれの作業で使う資材を置く場所なんかも考えておかないと、資材置き場が無いなんてことになったら、業者さんが困るだろ?だから、そう言うことを考えて、業者さんに指示をだすのも俺たちの仕事だよ。」 監督業って考えることがたくさんあるんだな……。私は段取りよく出来るのだろうか。 一筋の不安がよぎった。元々、性格的にネガティブな私は不安になる場面が多い。でも、自分の夢を追いかけたんだから!勉強あるのみ!と自分に言い聞かせ、立ち直る。 佐伯さんは、資材置き場を決めたのか、「次の現場に行ってみようか。」と言った。 また2人で佐伯さんの車に乗り込み、次の現場に向かった。 全ての現場を周り、私の車が置いている場所へ帰る途中、佐伯さんは運転をしながら私に問いかけた。 「初めて会った時、建設業に興味あるって言ってたけど、桜羅はなんで建設業に入りたいと思ったの?」 「んー、最初は、汚いし危険だし、きつそうだし……。いい印象ではなかったんですけど、小さい頃におじいちゃんが建設業の話をしてくれた時、単純にかっこいいって思ったんです!街の安全を守れる建設業が。」 「でも、汚い・危険・きついの3Kは今も変わらないよ?」 「はい、たまに建設現場を見ているとそう思うことがあります。でも、世間の人たちがそう思っている中で、泥だらけになって、煤だらけになって、それでも頑張れるってやりがいがありますよね。縁の下の力持ち的な存在って言うんですかね?今でも建設業がかっこいいって思う気持ちは変わっていません!」 自分の夢の話をしている時は、条件なしに楽しいと感じるもの。夢であった建設業に従事できる嬉しさと、これから始まる現場に、私の顔は笑顔に満ち溢れていた。この時の私は、太陽が燃え盛る天晴れの如く、希望で溢れかえっていた。 私の車に到着すると、「それじゃあ、会社に戻ろうか。」と佐伯さんは言い、会社に戻っていった。私も自分の車に乗り込み、また1時間かけ会社へ向かう。遠いなぁ……。自宅からだと、約1時間半はかかる距離である。早起きして遅刻しないで来れるかな……。また一つの不安がよぎった。 会社に着くと、佐伯さん、上川さん、隆太さんがテーブルを囲んでいた。 「お疲れ様です。」 私が近づいていくと、上川さんが「おー、お疲れ。みんな揃ったな。」と言いながら私に1枚の紙を渡した。現場事務所の設置場所のレイアウトを考えていたようだ。 「桜羅はどう思う?このレイアウトでいいと思うか?」 突然の上川さんからの質問に少し驚いた。私は慌てて渡されたレイアウトを見た。現場事務所と休憩所が並び、その横には倉庫が3つ並んでいる。そして、男女別々にトイレが設置されるというレイアウトになっていた。 「いっ、いいと思います!」 私は、何が良くて何が良くないのか全く分からず、とりあえず答えた。でも、自分の中では、意見したいことがあった。それは、事務所と休憩所の配置。2階建てにした方が地上の面積が広くとれる。その分、車や材料を置く場所が広がるのに、と思った。見たところ、先輩たちが考えたレイアウトでは、私たち4人の車と他に2・3台ほどしか置けなそう。そう思ったが、私は何も言えなかった。 「んじゃ、このレイアウトで決まりだな。桜羅、明日の朝は会社に来なくていいから、現場に直接行って、ハウスを運んで組み立てる業者の人たちにこのレイアウトで指示してくれるか?俺と上川さんと隆太は会社で内業しているから、何かわからないことがあったらすぐに電話してくれ。」 「わかりました。」 佐伯さんとの距離が少し縮んだとは思ったが、やっぱり男性が3人もいると、いくら佐伯さんでも言いづらいな……。 そんな些細なことから私の苦悩は始まっていったのである。自分の夢を信じ、一歩踏み出した世界なのに、あんなにも苦労する日々が待ち受けているとはこの時はまだ気が付かなかった。 その日の夜、私は遥に電話した。 ——「桜羅!どうだった?会社は!」 「遥、驚かないで聞いてよ?あの時、私が話しかけた男の人いたでしょ?」 ——「あー!公園の近くにいた、あの高身長イケメンね!」 「そうそう。あの人がいたの。」 ——「ん?どこに?桜羅またあの人と会えたの?いいなぁ~。」 遥は、私が佐伯さんと街で偶然会ったと思っている様子。 「あのね、私が転職した萩原建設の社員で、配属された現場の上司がその人だったの。」 ——「……えっ⁉えーーー!マジで⁉あの高身長イケメンと桜羅同じ会社になったってこと⁉」 遥はやっと理解したようだ。あまりの突然の報告と偶然に驚きを隠せなかったようだ。でも、遥が驚くのも無理はない。実際、私も最初に会社で佐伯さんを見た時は驚いた。 「そう言うこと。佐伯大翔さんって言ってね、やっぱり会社の人たちからは、男女問わず人気者だったよ。仕事もできるらしくて信頼が分厚いって言うかね。」 ——「そうだろうね!あんなにかっこいいんだもん!それに仕事もできるんじゃ言うこと無しじゃん!桜羅、その人と一緒に働くの?」 「そうなったみたい。」 ——「羨ましすぎるんだけど!今度ちゃんと紹介してよね!」 「紹介ってどうやって!ただの会社の先輩だよ⁉」 ——「桜羅にとっては、勇気をくれた大事な先輩でしょ!私は運命感じた人なんだから!」 「えぇぇぇぇ!そうなの⁉」 遥は完全に佐伯さんに惚れこんでいる。完全に一目惚れしたんだな……。 「できる限りのことはやってみるから!遥のこと、紹介しておくね!」 ——「ありがとう桜羅~!」 私の夢を応援してくれた遥のためにも、恩返しのつもりで。少しでも力になれたらいいな。
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