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私もあなたが、好きだった。それなのになぜ、初めての日も、最後の日も、思い出せないのだろう。初めてのキスも、思い出せない。目の前に座るあなたは、いつもよりも痩せて見える。
さよならを言いたいのに。言えない。なぜ、さよならを。それは、もう、あなたのことは、いらないから。
もう、いらないの。
潮が引いていくように、私の気持ちはあなたから離れた。きっと、あなたも少しずつ離れていた。何年も一緒にいたのに、もう、いらないの。
私たちは、いつもと同じように話し、いつもと同じように笑い、いつもと同じように食べて、いつもと同じようにハグをして、いつもと同じように駅で別れた。
だけど、ひとつだけ、いつもと違う。
私たちは、もう二度と、会えない。
あなたに抱かれた感触を確かめたくて、自分の肩に触れてみる。手を伸ばして、肩甲骨のほうまで。
そこには羽はなく、広がる翼はなく、ただの人間の背中があるだけ。
私に羽をくれたあなたの唇は、もう遠い。あんなに抱き合ったのに。あんなに、慈しみ合ったのに。
だって、もう、いらないの。
あなたのこと、いらないの。
さよなら。
<完>
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