火曜日

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火曜日

「文!」  すべての講義を終えて大学の校門から出ようとしていた時、すぐうしろから自分の名前を呼ぶ声とともに、背中に軽い衝撃を感じた。  私を抱きしめている腕の拘束をやんわりと外してふりむいてみると、のりちゃんが立っていた。  ――佳原みのり。腰のあたりまである豊かな黒髪。どんなシャンプーを使っているのか、彼女のそれはいつも艶々と輝いていてよい香りがする。それから童話に出てくるお姫様のように整った顔立ちをしているのだ。スタイルも出てるところは出て引っこむところは引っこんでいたので、今日の白いニットワンピースは彼女にとてもにあっていた。  私は時々わからなくなる。どうしてのりちゃんみたいな綺麗な子が私と友だちになってくれたんだろう。  「もう講義終わったの」 「うん」 「じゃあ、これから一緒にお茶しない? この間すごくケーキが美味しいカフェを見つけたんだ」   さあ、今すぐ行こうとでも言いたげにさらりと彼女に手を取られる。先ほどもそうだったが、のりちゃんはボディタッチが多い。けれどとっても美人なので嫌な気はしない。むしろ近寄りがたい雰囲気がそれによってなくなるから、自然と喋ったり一緒に行動したりすることができる。  ケーキが美味しいカフェ。なんて魅力的なお誘いなんだろう。しかし私はそれを断らなければならなかった。ぐらぐら揺れる気持ちを抑えつつ、 「ごめんね。実は今から用事があって行けないんだ」 「そっか。文は甘い物好きだから喜んでくれるんじゃないかなって――」  ふいにのりちゃんが言葉を切った。彼女はベンチがいくつか並んで置かれている場所に視線をむけていた。天気がいいし、講義終わりの時間ということもあってか、学生たちが何人かそこに腰かけている中に、私は異物を一つ発見した。 「結城さん」  ぼろっとこぼれ落ちるように、その名前が口をついて出ていた。
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