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「知ってる人?」
すかさずのりちゃんが尋ねてきたので、うんまあと曖昧な返事をすると彼女は端正な顔を歪めてから、ベンチに座って文庫本を読んでいた結城さんにちょっと訝しそうな目で一瞥を送った。せっかくの美人がもったいない。
どうしてここに結城さんが。それは愚問である。ボディーガードというと少々大げさかもしれないが、朝は和彦おじさんが家から学校まで、そして夕方は彼が学校から家まで私を送るという契約を交わしていたからだ。
さすがにそこまではと最初は断ったものの、打てる手はすべて打っておくべきだと二人に言われて、頼むことになった。失礼な話かもしれないが、正直和彦おじさんはともかく、結城さんはなにものかに襲われたら最後反撃なんてできなさそうだと心配したのも理由の一つにはあった。しかしあとでこっそりとおじさんに聞いてみたところ、彼は空手で黒帯を持っているらしい。人は見かけで判断してはいけない、ということだ。
話を戻そう。
ストーカー被害に遭っていることは結城さんと和彦おじさんにしか話していない。そもそも人に簡単に話せるわけがない。それを知っている人が多ければ多いほど、ストーカーを刺激してしまうばかりか、証拠を見つけるために裏で動くことが難しくなるらしい。
ただ二人を除いて誰にも秘密だった。だから深くつっこまれないよう、適当に答えてごまかすしかなかったのだ。
私はのりちゃんに別れを告げると、ベンチの群れにむかって駆け出した。背後から「文! 帰り道、気をつけるんだよ」という言葉が聞こえてきた。その声音は、未だになにか納得しかねているようなものだった。
「結城さん」
今日の結城さんは、砂色のチェスターコートの下に白のシャツを着て、黒いパンツを履いていた。
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