水曜日

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水曜日

 木崎さん、と自分の名前を呼ばれてうしろをふり返ったのは、大学の廊下を歩いている時だった。 「斉藤くん」 「今帰りかな」 「うん。もう今日の講義全部終わっちゃったから」  斉藤くんは去年、必須科目の少数制クラスで一緒のグループにいた男の子で、けれど他の人はみんな彼を倦厭しているようだった。なぜか。それはもしかしたら彼の容姿が理由なのかもしれない。  熊みたいなずんぐりむっくりとした体型。右半面の引っつりは幼いころ自動車事故にあってできてしまったものだという。小さな目。赤く崩れていて、低い鼻。分厚い唇。 「そういえば昨日、木崎さんが背の高い男の人と一緒に帰るのを見たんだけど、二人はその、どんな関係なのかな。学生ではなかったよね」 「え、ええと……」  またか。思わず言いそうになり、慌てて口をつぐむ。  どうしよう。本当のことは言えない。ごまかさなければ。いっそのこと嘘でもいい。なにかないか、なにか上手い―― 「い、従兄弟なの。出張で東京に来てるから久々に会わないかって言われて」 「従兄弟」 「そうそう」 「ふうん、従兄弟さんだったんだね。そっかあ。よかった」  私と斉藤くんは背の高さがほとんど変らなくて、彼のほうに顔をむけていると自動的に真正面から視線をあわせることになる。私は見逃さなかった。いや、本当のことを言えば見逃してしまいたかった。  斉藤くんは笑ったのだ。シジミみたいな目を思いっきり細くして。心から私の嘘を信じているようにも、嘘だとわかっていてわざと騙されているふりをしているようにも、どちらにも取れた。  そこである一つの疑念が私の頭の中に湧いた。  もしかしたらストーカーの犯人って、斉藤くんなんじゃない?
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