水曜日

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「あれ。おかしいなあ」 「どうしたの」 「すみません。鍵が見つからなくて。今朝ちゃんと、鞄の内ポケットに入れたはずなんですけど」  鞄を一度下に置いて、隅々まで中を探る。もしかしたら教科書やノートに挟まっているかもしれないと思い一つ一つ取り出して逆さにしてふってみたけれど、やはり、ない。 「知らない間になくしちゃったんでしょうかね」 「……ストーカーが持っていったんじゃないかな。今日、鞄から目を離したことは?」 「そういえば図書館で、席に鞄を置いたまま書架へ本を取りにいったような。ちょうどお昼時で人もいなかったから、盗むこと自体も簡単だったと思います」  なにが「盗むこと自体も簡単だった」なのか。私は言いながら自分の言葉に自分でつっこんでいた。  危機感がなさすぎる。とにかくこれに尽きた。あれほどストーカーに怯えていたのに、盗まれては非常にまずい個人情報や鍵など貴重な物が詰まっている鞄を放置するというのは、どうぞ持っていってくださいと言っているようなものだ。  迂闊だったと思った瞬間、頭上から「迂闊だったね」と結城さんが呟いた声が聞こえてきて、私はどうしようもなく恥ずかしくなった。立ち上がって結城さんの顔を見ると、彼は呆れた表情をしながらドアノブに視線を注いでいた。 「どうしましょう」 「ストーカーされていることも考えて、鍵屋さんを呼んで鍵を換えてもらったほうがいいかもしれないね。ただどれくらいで来るかはわからないから少し待つことになっちゃうけど、今日肌寒いし。ああ、そうだ、木崎さんアメピン持ってないかな。それかクリップ」 「ピンなら化粧ポーチに入ってますけど」  ピンク色の花柄のポーチのチャックを開け、中からピンを一本取って結城さんに渡した。けれどこんな物、どうしようというのだろう。今のこの状況で。  私が疑問に思っている間にも、彼は器用にピンの先を鉤状に曲げると、鍵穴にそれをさしこんで何度か回していた。やがてガチャリという短い金属音が聞こえてきた。
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