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出前が届いたのと同じくらいに怜がリビングに顔を出した。
「――――――美味そうな匂いがする・・・」
まだ少し眠そうな掠れた声でぽつりと言って部屋の中に視線を巡らせ、何か言いたそうにソワソワしている耀の隣にポスッと座った。
「――――耀・・・。心配かけてごめん。ホントに、ごめんな」
膝の上でぐっと強く握られた耀の手を、怜は両手でふわりと包み、そこに視線を落としたまま静かに続ける。
「――――俺さ、何もかんも全部投げ出して、京さんの金まで盗ってここから逃げ出したんだ。説明もしないで、行き場所も言わないで、自分勝手な理由だけで自己完結させて、・・・みんなを裏切った。心配させて苦しめて・・・ホント、俺って最低最悪」
京助の言った通り、耀が尋ねるよりも先に怜がその理由を語り出した。何故ここを出なければならなかったのか、ここを出てからどこに向かったのか、向かった先でどんなことがあって、どうやって日々を過ごしていたのか。怜はひとつの隠し事もすることなく、ゆっくりと自分自身にも言い聞かせるように耀に伝えた。そしてその間、包んだ耀の手を離す事も視線を移動させることもしなかった。
「―――――もし・・・父さんが怜兄ちゃんを見つけられなかったら。もし、その医者の人がどこまでも怜兄ちゃんを隠し続けてたら・・・怜兄ちゃんはここには戻ってこなかった、ってこと?」
泣くのを堪えているのだろう。喉の奥から絞り出したような低い声で、耀は聞く。
怜は一瞬肩を震わせたが、込み上げる後悔と流しつくしたはずの涙を深く呼吸を繰り返すことで抑え込む。そして、きっぱりと顔を上げ、じっと自分を見つめていた耀と視線を合わせてはっきりと頷いた。「―――――戻って来るつもりはなかった。戻れるはずがないんだ」
「――――――か・・・勝手なこと、言うな・・・ッ!」
もう堪えられないという様な耀の絶叫が、重い静けさのある室内にこれ以上ない悲痛さを伴い響く。
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