恋人編 1

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怜は頭に巻いた白いタオルを外すと、耳まで伸びた前髪をかき上げるように掌で抑え、ポケットに挟んであったヘアクリップで留めた。少し垂れ目がちな二重まぶたの中に栗色の大きな瞳、長い睫毛は男なのに艶っぽく、柔らかそうなふっくらとした唇が年齢よりも幼い印象を与えている。身長は170センチ程で、”こんがり”という言葉がしっくりくる小麦色の肌に、少しだぼついた鳶服が『着せられている』といった雰囲気で愛嬌がある。 「…怜、お前はかわいい顔して言うことがキツイな。…というか、いい加減そっとしておいてやれよ」 やれやれ、といった口調で翔太が諭すと、悪びれる風もなく怜が言葉を発した。 「女に逃げられたからって何だよ。いい年ぶら下げていつまでも引き摺ってるなんて時間の無駄~」 こいつは何てこと言うんだ、と周囲が呆れてしまう事をサラリと言い放ち、何事もなかったかのように涼しい顔をして、今日はタダ酒たらふく飲むぞ、と息巻いている始末だ。 「全く…。怜、来週の段取り確認あるから、社長室に寄ってから帰れ」 呆れた翔太はそう怜に告げると、自分の机に戻った。 怜は、「へーい」と気のない返事をしてから、トントンとドアをノックし社長室へ入って行った。 怜が社長室に入ると、書類に目を通していた京助が顔を上げ、「ごくろうさん」と言って立ち上がり、来週の着工物件の概要と、それに伴う図面を怜に渡した。 「それはお前に任せる。職人が足りなかったら下請けに何人か回してもらうから早めに言えよ」 「え…俺に?…俺に一棟任せてくれるの?!」怜が驚いたように言うと、 「ん?あぁ、親父が町内の人に頼まれたんだ。敷地内に若夫婦の離れを増築するんだと。そんなに大きな箱じゃねぇが、できんだろ?……ただし!うまく回せなかったら、また手元に逆戻りだからな」 覚えておけよと意地悪く言う京助に、「うぇっ、手元に戻るのはヤだよ…」と怜は子供のように唇を尖らせた。 「…いい年ぶら下げたオッサンが、時間の無駄になるようなことするわけねぇだろ?」 不機嫌を前面に出した表情で見下ろされ、事務所での会話が聞こえていたのかと、先ほどまでの拗ねた様な顔がバツの悪い表情に変わり視線を伏せてしまった怜に、フッと頬を緩ませた京助が優しく声を掛けた。 「お前なら出来ると思ったから任せるんだ。――期待してる。がんばれよ」 そう言って、前髪を上げて全開になった怜の額を、人差し指の関節で触れるように小突いた。 一瞬肩をぴくんっと震わせた怜は恐る恐る視線を上げ、京助の笑顔を確認すると安心したように頬が綻び、 「任せてくれてありがとう、京さん。俺、認めてもらえたみたいでスゲー嬉しい!」 そう言った怜は京助をまっすぐ見上げてにっこり微笑むと、「俺、がんばります!」と言って、徐に掴んだ京助の手をぎゅっと握った。 その言葉と突然の行動に、京助は一瞬驚いた表情を浮かべ、少しの間の後、 「お、おぉ、がんばれや……なんつーか、お前からそんな事言われるとは……いやぁ驚いた…」 そして、掴まれたままの手をどうしたものかと、困ったように見てから、 「…お前、かっぱ手だな」とポツリと言い、言われた怜はハッとしたように手を放し、 「かっ…?!なんだよっ、素直な感想を言ったのに!!もう先に行ってるからねっっ」
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