31人が本棚に入れています
本棚に追加
◇玄関◇
その日、あかりの帰りは夜の11時を過ぎた。
こんな事は初めてだった。
だから、僕は出来る限りの笑顔で彼女を迎えた。
「おかえり、あかり。お疲れ様」
「…………うん。遅くなってごめんね」
少し酔っている感じのあかりに肩を貸す。
「そんなの全然いいよ。仕事でしょ」
「…………うん。それもある」
そんな言葉に、誰か男がいるのなら、
もっと早く言ってくれという感情が湧く。
その感情の中には怒りが多く、
そして、怒りを引き起こしているのは醜い嫉妬だった。
「長いの?」
「全然。正直、情とかあるわけじゃないから、さ」
でも、いつも太陽の様な彼女の弱々しい姿は、胸を締め付ける。
「夕食、せっかく作ってくれたのに……ごめんね」
僕の顔を視て、ポロリと涙が落ちた。
そんな彼女を見て、全てがどうでも良くなった。
「全然、そんなの気にしなくて大丈夫だから」
女手一つで僕を育て、その為に男と渡り合って仕事をしてるのだ。
きつくないわけがない。
それなのに、彼女は僕に愚痴一つ、零したことがない。
「ごめん、明」
「大丈夫だって、怒ってないよ」
そんなあかりには幸せになって欲しい。
だから、大丈夫…………この気持ちがあるうちは。
「理解のある息子で、なんて私は幸せなの…………。
ううぅーちょっと気持ち悪い~」
「待ってなよ、直ぐに水を持ってくるから」
そして、彼女はモテる。
彼女を欲してる男など幾らでもいる。
「ねぇ、あかり」
「ダメ」
僕もその一人だってだけだ。
でも、ただの欲望ってだけなら、どんなに良かっただろう。
僕は彼女の全部が欲しい。
「まだ何も言ってないんですけど」
「学校辞めて働くとか言うんでしょ」
彼女は普段のったりしている癖に、こういう時はすこぶる勘がいい。
「…………」
僕が台所に行こうとすると、
「ねぇ明」
「なに?」
「愛してるよ」
「わかってますよ」
「ぶー」
プクッと頬を膨らませたあかりは可愛かった。
「僕も愛してるよ、あかり」
「うん。じゃあ、水を持って来てよろしい」
そして僕は、ウォーターサーバーから水を出して、
あかりに持って行った。
最初のコメントを投稿しよう!