お仕事します。

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お仕事します。

 「まず、三途の川の渡り方ですが」  おばあさんを応接セットへ案内し、私はパンフレットを広げた。  「六文銭はお持ちですか?」  やや耳が遠いおばあさんのため、ゆっくり発音する。  おばあさんは困ったように首を振った。  「ああ、葬儀屋さんがお忘れになっているようですね。  あれがないと渡し船に乗れません。  お手数ですが、こちらのブースで夢枕にお立ちください……」    私の仕事は、寿命を全うした方を三途の川へ送り出し、そうでない方を俗世へお帰しすること──。  運命を見極めるのは、上司であるタカムラだ。  二年前。  当時就活中だった私は、とある事故に巻き込まれて生死の境を彷徨った。  事故の弾みで、就活用の鞄の中に冥界への入り口が開いた時に出会ったのがタカムラだった。  大怪我を負い、就活戦線から完全に離脱した私は、人手が欲しいというタカムラの話に一も二もなく飛びついた。  以来、就活用の鞄の中にできた裂け目を潜って出勤している。  鞄の中に腕を突っ込めばいいのだ。  辛い仕事である。  私がご案内するのは、このおばあさんのような人ばかりではない。  本当に寿命を迎えたのかというほど若い人もいるし、極度の不安から泣き叫んだり暴れたりする人だっている。  それでも給料はアルバイト並み。  どういう仕組みなのか、月末に現金の入った封筒を渡される。  二年の間、昇給は一度もなかった。  しかし。  こんな待遇ながら、私はほぼ休みなしで働いている。  家にいるよりマシだ。  事故を機に、私は実家へ戻っている。  そこで廃人と化している、父と顔を合わせたくない。
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