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父が彷徨ってます。
「なあ、祥子」
父は、寝巻きに半纏といういつもの出で立ちで呆けた声を上げた。
「お前、仕事に行ったんじゃなかったのか? タカムラの秘書だって……」
そう伝えるよりなかったのだ。
職種に関しては深く聞かれなかった。『タカムラ』という会社で秘書をしているとでも思われていたらしい。
無関心なのは家族共通だ。
頭上に垂れ込める黄金色の雲がビカッと光った。
呼び捨てにされたことで、タカムラが気分を害しているのだ。
彫刻めいた顔の半分を光が照らす。
「タ、タカムラ様! 見極めをお願い致します!」
父の身体は透けている。
何があったか知らないが、タカムラに見極めてもらえば俗世へ帰れるはずだ。
「む」
気を取り直して羽扇を翳したタカムラが、細い眉をしかめた。
「しばし留まれ」
何てことだ。
タカムラがそう言う時は、まだ俗世へは帰れない。
昏睡状態が続くのだ。
「祥子……?」
父が情けない声を出す。
威厳も何もない。
「俗世を検めて参れ」
タカムラが、私に向かってヒラリと羽扇を翻すと──。
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