父は未だ彷徨ってます。

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父は未だ彷徨ってます。

 私は路地裏に立っていた。  鞄の中の冥界から、俗世へ戻ったのだ。  『お父さんが倒れた』  スマホを確認すると、母からのメッセージが鬼のように大量に届いていた。  指定された病院へと急ぐ。  「祥子。あんたが見ててくれなきゃ困るでしょ」  病室に入った途端、姉に怒られた。  「知らないよ、仕事中はスマホ見れないんだから」  憔悴し切った母には悪いが、私の声も尖ったものになる。  歳の離れた姉。年齢の順で先に嫁に行っただけのことだ。  全部押し付けられてたまるか。  父は、身体中に管を繋がれて眠っていた。  大きな計器を使うため、個室に入れてもらっている。  昼頃急に苦しみ出し、母が救急車を呼んだそうだ。  父は何かにつけて大袈裟なので、初めは「あ、そう」くらいに構えていたようだが。  「今夜が峠でしょう」  担当医が神妙な表情を作って、どこかで聞いた言葉を並べる。  私が働き始めるのと入れ替わりに定年退職し、テレビの前から動かなくなった父。  無気力なのに食欲はある。酒も煙草も甘い物も。  それでいて動かないのだから、どの臓器が悪くなっていても不思議ではなかった。  管に埋もれて目を閉じている父。  家では、いつも同じ場所に座って虚ろな目をしていた。  あの目が、嫌で嫌で堪らなかった。  こんなに小さかったっけか。  最近、正面から顔を見ることはなかったな。  母と私は、病院に泊まり込むことになった。  家庭のある姉は、去り際に勝手なことをほざいて行く。  「頼んだわよ、祥子」  医者に言え。  
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