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再び冥界です。
父は家にいる時と同じ、廃人のようにボーっと座っていた。
父がいるのは、見極めが済まない者の待合所だ。
畳敷きで、温泉施設の休憩スペースに似ている。
嫌悪感が沸き上がった。
こんな人のために家族中振り回されて、私は時間外出勤か。
「あと数時間が峠だそうです」
いつの間にか横に立っていたタカムラに告げた。
「うむ」
タカムラは軽く頷くと、待合所に羽扇を向ける。
そして、死後の説明をしておけと言う。
「身内は担当したくないのですが」
「人は皆兄弟である」
タカムラは、スラリと美しい背中をこちらに向けて去っていく。
彼が寛大な措置を取ってくれることなどあり得なかった。
「お前のコネで何とかならないのか」
畳に腰を下ろして現状を説明すると、父はしょぼついた顔で懇願する。
これが父親とは。
父はいつもそうだ。自分のことだけ。
母が誤って包丁で指をザックリやってしまった時も、慌ただしく止血をする隣で平然と饅頭を食っていた。
そのくせ、自分の腕にできものがあるだけで何の病気かと騒ぎ立てる。
「菓子は」
「ねぇわ」
「今何時だ? 時代劇セレクションが始まる」
「見てたの、あれ」
これが父親とは。
「今のシリーズは不意打ちで濡れ場があるのが良い」
「要らない情報だね」
「あからさま過ぎないところに好感が持てる」
父が遠い目をした。
俗世の母を思うと腹立たしい。
意地悪の一つも言いたくなる。
「今の状況じゃ、助かっても寝たきりだよ」
「そんな! 何とかならんのか」
「リハビリすれば?」
ヤケ気味に答えると、父はガックリと肩を落とした。
「辛いのは嫌だ。だったらこのまま逝く」
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