プロローグ

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プロローグ

 恋は甘酸っぱいって、誰が言い出したんだろう。  そもそも、恋に味なんかあるのだろうか?    お客さんが出て行った後のテーブルの上を布巾で拭きながら、俺はそんなことをぼんやりと考えた。  季節は冬。しかも、あと少しでクリスマス。  一大イベントを控えているにも関わらず、どうして俺はきゅっきゅとテーブルを磨いているのか。それは……。 「なぎさ! 買い出しに行って来てくれ! ハムとレモン!」 「ええっ? 今から? もうすぐ閉店時間じゃ……」 「ラストオーダーまで、まだ三十分もある! ほら、急いだ急いだ!」 「……はーい」  俺は布巾を厨房に返して、エプロンのポケットの中に父から渡された財布を突っ込んだ。ここから一番近いスーパーまでは歩いて五分くらい。コート無しでも大丈夫だろうと思った俺は、何も羽織らずに外に出た。  父が祖父から受け継いだこのカフェの名前は「walnut」と言う。そう、胡桃。苗字が胡桃だからそう名付けたと祖父が言っていた。俺が高校生の時くらいまでは祖父が切り盛りしていたこのカフェだが、六十五歳になったのを機に祖父はここを手放すと言った。体力の限界だったらしい。売りに出すか、誰かが引き継ぐか。そうなった時に、自分がやりたいと手を上げたのが父だった。それまでは普通のサラリーマンだった父は、あれよあれよという間にカフェのマスターになったのだった。  俺は胡桃家の長男だ。だから、大学が休みの時や早く終わった時に手伝いにかりだされる。クリスマス前なのに予定が詰まっている理由だ。なので、デートを楽しむお客さんを横目に、俺は心を無にして接客を頑張っているのだ。   「うう、寒っ!」  予想以上に外は寒い。  風邪でも引いたら大変だと思い、俺は駆け足でスーパーに向かう。俺にはひとり妹が居るけど、もうすぐ受験を控えている。家にウイルスをばら撒きでもしたら、大変なことになってしまう。  スーパーまであと少しのところに、ゴミ捨て場がある。ここの町内はゴミは当日の朝にしか出してはいけない決まりになっている。それなのに、ゴミ捨て場は何やらカーカーと騒がしかった。
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