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二人だけの時間
大学の授業が終わって、家に帰って荷物を置いてからカフェに顔を出すと、カウンター席に結城さんの姿があったから驚いた。名刺を貰って別れてから、まだ一週間も経っていない。こんなに早く再会出来るなんて思ってもみなかった。
「なぎさ君、お邪魔してます」
「あ……はい」
父は親しい常連客と話をしていて、結城さんはひとりでサンドウィッチを食べていた。気に入ってくれたのかな。サンドウィッチの皿の横にはホットコーヒーのカップ。中身は半分くらいになっていた。きっともう冷めている。
俺は店の奥でエプロンをつけて、結城さんの正面に立った。結城さんが微笑む。
「エプロン、似合ってる。格好良いね」
「いえ、そんなことは……それより、お飲み物のおかわりはいかがですか? すぐに父に作らせますから」
「うーん。そうだなぁ……」
結城さんは指でコーヒーカップをなぞりながら言う。
「紅茶が良いな」
「かしこまりました。ストレート、ミルク、レモンがありますが」
「レモン。冷たいやつが良いな」
「はい。それじゃ、今、父に……」
お喋りに夢中な父を呼ぼうとした俺の腕を、結城さんが軽く引いた。俺は振り向く。結城さんの瞳には、俺の姿が映っていた。
「なぎさ君が淹れてくれたやつが飲みたい」
「……え?」
「この前みたいに、僕に淹れてよ」
「残念ですが、なぎさにはまだ任せられません」
俺の代わりに、いつの間にかやって来た父が答えた。
そう。俺が出来ることは、お冷を出したり空いた皿を片付けたり注文を取ったりすることだけだ。
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