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「……そう、ですか」
結城さんは残念そうに肩を落とす。
「なぎさ君の紅茶が飲みたかったなぁ。飲んだら、元気になれる気がしたのになぁ」
「……」
一杯くらい良いじゃないか。
俺は父に目配せした。けど「駄目だ」と視線で返される。けど、心身共にまだ参っている結城さんの願いを聞いてあげたいと顔に書いてある。
数秒沈黙した後で、父はゆっくりと口を開いた。
「……店では、駄目です」
「店では?」
目を丸くする結城さんに、父は頬を掻きながら言う。
「店でなぎさに調理させるわけにはいきませんが、家で作るというのなら話は別です。こんな半人前の紅茶で良ければ、飲んでやってください」
「本当ですか……? ありがとうございます!」
結城さんは笑った。
とても嬉しそうな笑顔に、なんだかこっちまで心が温かくなる。
結城さんは残っていたサンドウィッチとコーヒーをあっという間に綺麗に食べた。そして、俺に笑顔を向けながら立ち上がる。
「それじゃ、よろしくね。美味しい紅茶、楽しみだな」
「あ、はい」
「なぎさ、持って行け」
父が俺にレモンを丸々一個手渡す。
酸っぱそうなそれは眩しいくらい鮮やかな色をしている。俺はそれを軽く握り、緊張で忙しなく鳴る心臓を誤魔化すために、結城さんを外に促した。
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