226人が本棚に入れています
本棚に追加
俺がそう言うと、男性は力無く首を横に振る。
「いいえ……病院は、嫌です」
「嫌って言っても……」
「僕は、平気です。どうも、お騒がせしました」
男性はふらふらと歩みを進める。駅に向かおうとしているのだろうか。けど、ここから駅までは歩いて十五分はある。
ひんやりと、頬に冷たいものが当たった。雪だ。これは、積もるかもしれない。
「……ああ、もう!」
俺はよろついている男性を追いかけて、鞄を持っている方の腕を掴んだ。男性は、驚いたような顔で俺を見る。
「……あの、何か?」
「俺の家、すぐそこなんで寄って言って下さい!」
「え……?」
「それが嫌なら近所の診療所にぶち込みます! 俺の家か、診療所か、どっちか選んでください!」
またいつどこで倒れるか分からない人間を放っては置けない。俺は真剣な目で男性に言った。
「……参ったな」
男性は、ふっと眉を下げて笑った。初めて見せる柔らかいその表情に、思わずどきりとする。よく見れば、この人は相当な美男子だ。
「それじゃ、お邪魔しようかな」
雪は降る速度を速めて、俺と男性を白く染めていく。
俺は男性の腕を掴んだまま、スーパーとは別方向の自宅へと足を進めた。
冬の寒い夜。
俺は、初めて生き物――成人男性を拾ってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!