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電話をかけるとコール音も間もなく、すぐに繋がった。
『もしもし? 千晴?』
ただどこか様子がおかしい気がする。 いつもの覇気がないような、元気なさ気な声だった。
「お母さん? 何かあった?」
『・・・別に何もないわよ』
「そう?」
『それより、突然電話をかけてきてどうしたの?』
「あぁ、うん。 お母さんは好きだった人と、上手くいかなかったことってある?」
長い沈黙の間、電話越しにも何か考えていることが伝わってきた。 それでも千晴は応えを促すことなくひたすらに待ち続ける。 母は小さく息をつくと仕方がないという感じで話し始めた。
『・・・あるわよ。 お父さんがいないから言っちゃうけど、結婚する前は別の人と付き合っていたの』
―――お父さんが、いない・・・?
もしかしたら両親への報告を境に二人の関係が悪化したのかもしれないと考えた。 だが母の口からそう言われたわけではないため、とりあえず置いておくことにする。
「え!? そうなんだ、初耳。 じゃあどうしてお父さんを選んだの?」
『・・・』
「お母さん?」
『・・・貴女ができたから』
「え、二股をかけていたっていうこと・・・?」
『違うわ。 付き合っている期間は被っていない』
「そっか。 それで?」
『・・・堕ろせって言われたの』
「えぇッ・・・。 私の命って、風前の灯火だったんだ・・・。 でも結局は認めてくれたんだ? あれ、でもそうなると・・・」
『決して認めようとはしなかったわよ。 お腹を殴ろうとまでしてね』
「そんな! 酷い・・・。 ・・・え、じゃあどうなったの?」
『だから殺したわ』
「はッ!? え、ちょっと待って。 どういうこと?」
電話口から微かに笑っているような声が聞こえた。
『貴女がお父さんだと思い込んでいる男は、血が繋がっていないということ』
「・・・」
『片親だなんて千晴が不憫だと思って、血液型で不審に思われない男を急遽見繕ったのよ。 だから本当の父親は今、コンクリートで固めて今頃太平洋の底というわけ』
その話を聞き何故かテンションが上がった。
「マジで? ヤバッ! でも凄いね。 今までバレなかったんだ?」
『バレていないわよ』
誇らし気に言う母が素敵に思えた。
『あ、そうだ。 貴女の恋路を邪魔しようとしたお父さんだった男は既にこの世にいないから、安心して恋愛してね』
「・・・え?」
その言葉を理解すると笑顔を浮かべた。 父だと思い込んでいたあの男はもう死んでしまったらしい。 元々父親でなくただの他人だったのなら生きようが死のうが知ったこっちゃなかった。
障害は綺麗に取り除かれたのだ。
「そっか。 ありがとう、お母さん!」
千晴は冷たくなった陽向の細腕を頬に擦り付けた。
―――お母さんはずっと幸せそうだった。
―――好きな人がどこにいるのかを、自分だけが知っているからだ。
電話を切り陽向を見つめる。
「私も幸せだ。 陽向がどこにいるのかを、私だけが知っていることになるんだから」
-END-
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