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拒絶された嗜好
千晴(チハル)は大学生になり一人暮らしを始めた。 心機一転、住環境を変え大学デビューとまでは言わないが、今までの何かを変えようとした。
その結果として自分の大いなる変化に気付き、その報告として久々に実家へと訪れていた。 休日であるため両親は家で身体を休めていたようだ。
「急にごめんね」
「本当よ。 一体何があったのかと思って心配したわ」
実家から一人暮らしをするアパートはそれ程離れているというわけではなく、電車を使えば三十分もかからず行き来できる。 それでも帰ってきたのは入学以降で初めてだ。
突然の訪問ともなれば驚かれるのも無理はなかった。
「お母さんとお父さんに報告したいことがあるんだ」
玄関へ出迎えてくれた母にそう言った。 そうして父を呼び三人で食卓を囲った。
「元気にしていたの? 一人暮らし、不自由はない?」
一人娘のため千晴は大切にされている。 特に母に、だ。 母は異常な程に千晴を愛していて心配性だった。
「私は元気だよ。 安心して、お母さん」
「それで? 話って何だ?」
父から話を切り出した。 今まで報告をしようか迷っていたが勇気を出して口にした。
「・・・私ね。 好きな人ができたんだ」
「「・・・」」
『彼氏ができた』ではなく『好きな人ができた』と言った。 そんな恋愛相談を今更されても、そんな胸中を両親は共有する。
「そ、そう。 よかったじゃない。 ねぇ、お父さん?」
“わざわざ報告をしなくても”とでも思ったのだろう。 何となく気まずい雰囲気だった。 今まで彼氏は何度かできて両親に会わせたこともあるのだ。
―――・・・だけど今回は、今までとは違うから。
だから報告した。 そして、後に続く報告の結果がいいことにならないことも覚悟の上だ。
「・・・おぉ、そうか。 その好きな人ってどういう人なんだ?」
父がそう尋ねた。 だからそれに答える。
「・・・陽向(ヒナタ)だよ」
「ッ・・・」
母よりも父の方がその名前に反応した。 陽向とは小学生の頃から仲がよいいわゆる親友というヤツだ。 もちろん両親も幼馴染として知っている。
「・・・陽向って、あの陽向さんか? 女の子の? 同性を好きになったのか!?」
しばらく唖然とした後に父がそう言った。
「うん」
真剣な目をして頷くと父は深く溜め息をつく。
「・・・許さないぞ、お父さんは」
「でも私は本気なの!」
「まだ告白はしていないんだろ? 止めておけ、どうせ失敗するんだから」
「そんなのはまだ決まって」
「陽向さんとは今の関係のままいなさい。 とにかくお父さんは認めないからな? ちゃんと異性を好きになるんだ」
そう言って父はリビングを出ていった。 予想通りの反応だ。
―――・・・私って、異常なの?
同性を好きになってしまったことは事実だが、元々異性と付き合ったこともある千晴は生来のものではない。 他の女の子に目を惹かれるというわけでもなく、親友の陽向だからこそ好きになった。
予想していても拒絶された現実に沈んでいると、母が父が去ったリビングのドアを見つめていた。
「・・・お母さん? どうかした?」
「あ、ううん。 何でもないの」
母の様子が少しおかしいような気がした。 母は身を乗り出し千晴を見つめる。
「千晴。 私は千晴の恋を応援するからね」
「・・・本当?」
「えぇ。 でもあの人のように、同性を好きになると色々な障害ができると思う」
あの人、父のことを言っているのだろう。
「でもどんなに辛いことがあっても、千晴はずっと笑顔でいなさい。 これはお母さんとの約束」
「・・・ッ、うん! ありがとう、お母さん」
そう言って千晴は笑った。 母から勇気をもらい家へと帰った。 寝室へ向かうと辺りをゆっくりと見渡す。 寝室の壁には一面中に陽向との写真が貼ってあった。
『どんなに辛いことがあっても、千晴はずっと笑っていなさい』
母の言葉が脳内にリピートされる。 それだけで両親に報告しに言った甲斐があったと思った。
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