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私は首を傾げると、林間学校で何があったかを思い出す。1年前の出来事だから、決して思い出すことに苦労はしない。けれど、後藤君との接触はなかったように思える。クラスも違ったし、私が後藤君を知ったのは同じクラスになった今年からだ。
「林間学校の時、僕体調悪くてさ。でも気付かれないように、平気を装ってたんだけど。山登りしてる時に、隣を通った海上さんが言ったんだ。『体調悪いなら休んだ方がいいですよ』って」
「ごめん、覚えてない……」
「だろうね。一瞬の出来事だったし。その後、海上さんは先行っちゃったし。でも、それがすごく衝撃的でさ。それから、海上さんのこと知って、気になりだして、同じクラスになってこれは行くしかないって思ったら、コロナで休校になって。でも会えない時も、ずっと考えてて。だから、学校が始まってすぐに海上さんに告白した」
後藤君がへらっと笑うと、私は思っていたよりちゃんとした理由で驚く。ちゃんと考えてくれていたんだなと思うと、何だか嬉しかったが、むず痒かった。あまりこういう経験をしたことが無いせいだと思う。
「……ありがとう」
私はお礼を言うと、後藤君が「むしろ感謝したいのはこっちだよ」と言ってから、「ありがとう」と言った。
やっぱり後藤君との会話は、心が優しくなったような気分になれる。こんな会話で戦争が無くなるとか、平和が訪れるとか、そうは思わないけど、でもそうなったらいいなとは思う。
「ねぇ、そろそろ下の名前で呼びたいんだけど」
「……下の名前、分かるの?」
「そりゃぁ、彼女だから。知らないはずないでしょ」
後藤くんが可笑しそうにけらけら笑うと、足を止めて、私に体を向ける。
「千夏」
「……呼び捨てなんだ」
「あれ、嫌だった?」
「いや、まさか呼び捨てだとは思わなかったから。だから、心構えが……出来てなかった」
「うん、顔真っ赤。マスク越しでも分かる」
後藤くんが意地悪そうな笑みを浮かべると、「千夏も」と言う。
「……遥人君」
「はい」
私たちは互いに目を見ると、目を細めて笑った。
ちょっとだけ。ちょっとだけだけれど、世界が優しくなったような気がした。
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