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君は覚えているのかな?
「気分転換にピクニックに行こうよ。約束だよ」
僕が勇気を出して誘ったのを。
……だってずっと暗い表情をしていたから。
返事をしてくれなかったね。
その後、君は学校に来なくなったね。
そして、久しぶりに登校した彼女の一言は、爆弾のように僕の鼓膜を破いたんだ。
「生きていくことが大嫌い」
「そんなこと言うなよ」
だから僕は追いかけたんだ。屋上まで階段を駆け上がった。あの場面で手を伸ばした。
でも、それは届かなかったんだ。
彼女は僕の目の前を堕ちて行った。
鈍い音が響いた。
それから何が起きたのか憶えてないけれど、僕は霊安室の暗闇の中で目覚めたらしい。
僕は死んだ?
なんでだよ。死んでいるか生きているか他人に決められたくないよ。僕の運命は僕が観測する。
僕思う故に僕ありなんだ。
だけど。
自我があったって死体には何も出来ない。
僕の人生という山に、冷たい回想が舞い降りてきた。それは死の瞬間には見れなかった走馬灯が、雪の結晶となったものだった。
夢想の中で想い出が降り積もる。重ねてきた時間は白い沈黙の雪景色に変わった。
その頂上で僕は冷たく息絶えている。
けれど僕は手が届かなかった無念に心を滾らせている。
諦めは全ての未来が死ぬ時。
心は未だ死んでいない。
僕の言葉は現実に響かない。けれど自分が生きてきた記憶の積雪は叫びで崩せるかもしれない。
「雪崩ろ!」
ありったけの叫びで僕の人生は崩れた。飲み込まれる僕は生きていた証を麓まで滑落する。
僕は受精卵からやり直す。
不甲斐なくフガフガ言いながら負荷に耐え、転がって、転がって、転がって、やがて孵化を果たす。
死産した僕。駄目だやり直しだ。
「「雪崩ろ!」」
幼くして病死した僕。強い身体を持った僕を探さないと。
「「「雪崩ろ!」」」
震災に巻き込まれた僕。違う土地に生まれる可能性を見つけよう。
「「「雪崩ろ!」」」
交通事故で即死した僕。これも駄目だ。
「「「雪崩ろ!」」」
去年の飛行機事故で死んだ僕。なんだよ順調だったのに!
「「「雪崩ろ!」」」
死んで時間から見放された僕たちが見守ってくれている。
僕は探す。大きな隔たりのある可能性、遠い可能性の中から。
「「「雪崩ろ!」」」
まだ無理。手が届かない。
あのとき死んでいたかもしれない僕の積み重ねの全員で手を伸ばす。
ちょっとだけの先でいいんだ。もう少しだけで。
生きていれば分岐しただろう僕の個性。
ティピカル、リリカル、テクニカル、ラジカル、シニカル、ロジカルなメタフィジカル。
知らない顔を持つ1ナノ秒隔てた隣人。
僕だった可能性を尋ねる。訪ねる。
シナプス1突起分の経験を増やす。
人生十五合目まで何度も挑む。
その途中で彼女の横顔をずっと見続けてきた。
僕なりのやり方で生きることの楽しさを伝えてきた。
それでも君の心は変えられないのか。
人は簡単に死ぬんだ。僕も君も。
だから駄目だ。死んじゃ駄目だ。君はもういっぱい死んだかもしれない君たちの先頭の希望なんだ。
僕も君も万死の危機を潜り抜け、厄災を生き抜いた子供だ。
何人もの僕や君に成れただろう可能性の友人たちの死を無駄にさせない。
登るのは何回目だろう?
途中で死んだ僕だった億万の個性たちの犠牲が正しい道を導くだろう。
あの日の屋上に辿り着くルートは攻略した。後は到着までの時間を短縮するだけだ。
「「「雪崩ろ!」」」
駄目だ届かない。やり直しだ。
届かない。やり直す。やり直す。
僕は何度でもお母さんの子宮を蹴る。
「何度繰り返そうが、お前が死ぬのは決まっている」
神様っぽい野郎が言う。
「知るかよ。運命とか糞ダサいんだけど」
僕は無視する。
そして僕は雪崩を起こすために、ありったけの大声で叫ぶ。
やまびこのように抗いが谺する。僕と僕だった僕たちの残響。
「俺たちは俺たちの時間では生き抜いている」
タフになった未来の僕の可能性の無骨な励ましが空耳で聞こえる。
力を合わせろ俺たちで、僕たちで!
「「「「「「「「「「「「「「「雪崩ろ!」」」」」」」」」」」」」」」」
そして僕は……やり遂げた。
そうだった。思い出した。僕は彼女との、ちょっとだけの隔たりを越えたんだ。
彼女の手を掴んだことを憶えている。
やっと制止出来たことを憶えている。
情け無いなあ僕。数え切れない十五年の繰り返しで、言葉や態度で説得出来なかったって。
どんなに可能性を重ねても不器用なのは変わらなかったな。
自分の落下と引き換えでしか、屋上の縁に立つ思い詰めた彼女を救えなかったなんて。
「お前の死への贖罪で、これからの彼女の心が遭難したらどうすんだよ!」
過去に幾度も死んできた僕の可能性たちが、先頭の冷たくなった僕を殴る蹴る。
「お前が生きてないと、意味がないだろ……」
消えた可能性たちが泣いて訴える。
「……そうだね」
僕の死が、彼女に重荷を背負わせることになる。そんな過酷な人生の登山はさせられない。
僕は挑戦する。
「「「雪崩ろ!」」」
「「「雪崩ろ!」」」
「「「雪崩ろ!」」」
「「「雪崩ろ!」」」
「「「雪崩ろ!」」」
「「「雪崩ろ!」」」
また麓からやり直す。何度も。何度でもだ。僕は絶対に諦めない。
「うるせえよオマエ、手招きすんな!」
僕は死神っぽい奴に悪態を吐く。
鼓動を鳴らせ。よし出来た。
「「「雪崩ろ!」」」
血を巡らせろ。上出来だ。
「「雪崩ろ!」」
次は息を吸え。なんとかクリアだ。
よし次だ。時間軸は幾つ残ってる?
「雪崩ろ……」
可能性が尽きるまで、やり直そう。
「やった、手のひらに暖かみを感じるぞ」
やっとここまで登頂出来た。
「やったぞ、耳が開こえるぞ」
ここは霊安室ではなく、どうやら集中治療室みたいだ。全身の骨はバラバラらしいけど、なんとか登頂には成功した。
後押ししてくれた可能性の僕たちのお陰で。
取り敢えず雪崩を起こすのは、ひと休みだ。
「ありがとう。ごめんなさい」
声が聴こえる。
なんで君がここにいるの? なんで泣いてるの?
「ねえ、元気になったらピクニックに連れて行ってよ、約束したよね。だから目を覚ましてよ……」
僕は君が覚えていてくれたことが嬉しかった。
挿管されて声は出せないし、首はギブスで固定されていたから、頷きの代わりに瞼を開いて、君の手を握り返したんだ。
ああ、ピクニック楽しみだなあ。
だけど険しい山はもう懲り懲りだよ。
一緒に緩やかな丘を歩こうよ。
……僕でよかったら手を引かせてよ。
END
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