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1幕1場:マルシェ下北沢入口前
「芝居、好きなんですか?」
その一言を言うのに、今まで受けたどのオーディションより緊張した。
掲示板のポスターを眺めていた女性は肩を震わせ、悟に視線を向けた。
甘く胸がうずく。
クールな横顔の裏、一瞬の隙をつかれた表情を愛らしいと思った。見た感じ二十代後半くらいだが、丸くなった目と半開きの唇が少女みたいに可愛らしく、かっこいい立ち姿とのギャップにやられた。
「よく観るんですか? それとも……」
女性は警戒するように手を首元に持っていき、緩く巻かれたスカーフをいじった。三月の陽気に似合う空色だ。
次の台詞がない。
こんな即興劇はきつい。
「……下北は――」
「観たいものがあるから来ただけです」
やっと返事があった。声は佇まいに似合ってかっこいい。有無を言わせない力強さを感じる。
逸る鼓動を意識して必死に言葉を繋げる。
「あ、その、変な男じゃないですから。それ見てるから話が合うかと思って声かけただけで……俺も、舞台で役者をやっていて……野中悟、と言います」
最後のほうは声が細く弱くなった。
情けない。
彼女の顔を伺った。
「野中さん。……応援してます」
無難な返事だ。当然のように、自分になど興味は示さない。
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