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矢野さん、はわかる。本多劇場の上演作の主演・矢野弘秋のことだろう。
ではもう一人は誰だ。
(……彼氏持ち?)
二人の会話が続く。
「どうでしたか? 矢野さん」
「他に言うことあるかも、とは思わない?」
「でも千晶さんの観劇理由って基本そうじゃないですか」
間が空く。
「違いますか?」
「……違わないけど」
(ああ。そうか)
悟は気持ちがすっと冷めるのを感じた。
やはり、そんなものだ。
観客は人目当て、追っかけだ。見たい人がいなければ劇場に行く意味もない。
佑真の話に困ったように返す彼女を見て、心に靄が広がった。
芝居が好きなのか聞かれて答えられないのも当然だ。
どうせ観客は自分が推す一人がい続けさえいれば他はどうだっていい。
だから、そのどうだっていい自分みたいなやつが否定され、消されていく。
下を向く。
活動停止三ヶ月。
三年もやってろくな成果もない。
比べて、佑真や本多劇場で主役を張っている矢野弘秋は着々と実績も評価も上げて出演も増えて、堂々と役者を続けている。続けていられる。
カウンターに置いた手が震える。
羨ましい。妬ましい。
悔しい。
「くだらない」
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