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空気がぴりついた。
カウンター表面を引っ搔いて顔を上げると、話が途切れた二人と目が合った。
「『観たいものがあるから来ただけ』?」
千晶の顔が強張った。覚えている、という表情だ。
「何だそれ。下北に来たのも観劇の理由も追っかけ? それは俺みたいな無名なやつに話しかけられて不愉快だったろうな。他の役者になんて興味ないだろうな。けどそんなのこっちだって不愉快だ。否定されて消されて続けられなくなるやつだってたくさんいるのに、何だって同じ限られた人だけが――」
「じゃあ、たとえば佑真くんや矢野さんがいなくなればいいの?」
そこで千晶が言葉を返した。
冷たい声に怯む。
「そんなこと言ってないだろ!」
そんなこと、思ってもいない。
「じゃあ何を怒ってるんですか? こっちがどう応援しようが自由ですよね? それとも、あなたは自分の外に理由がないと活動ができないんですか? そんな他人任せで依存する人なんてこっちも願い下げです!」
「簡単に言うな! こっちは選ばれ続けるしか――」
「もっともらしい怒り方して。自分ができないのをライバルのせいにして逆恨みしてるだけでしょ!」
「わかったようなこと――」
声が途切れた。
違う。そうじゃない。
苛立ちの理由は……
痛い沈黙が張り詰める中、急に佑真が席を立った。
キッとそっちを見る。だが、彼は何も反応を見せず、淡々と支払いを完了させただけだった。
「ごちそうさまでした」
軽く礼をして店を出る。
(無視かよ)
悟はもう千晶と対立したくなく、彼が消えた先をじっと睨んだ。
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