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話が来たのは三ヶ月前、公演初日の五日前だった。重要な脇役を務める予定だった同事務所の俳優――悟よりだいぶ人気がある男だ――が病気で舞台に立てなくなり、声がかかった。
チャンスだと思った。準備期間五日でもこなせる技術がある、作品の危機も救える役者だと認めてもらえたら。観客もがっかりさせずにできたら。そしたら……
だから悟はバイトの予定を消し、控えていた最終オーディションも直前で断って、引き受けた。
必死だった。初見の台本を覚えて演出家の複雑な指示を理解しようと頭が痛くなるまで集中して、食らいついて頑張った。降板した彼だったらできるのになんて不満は言わせまいと、全てに全てで応えた。
でも、そんな努力も初日に砕かれた。
舞台に目も向けず、客席の真ん中でスマホをいじる客がいた。
気味悪く灯る光と気のせいじゃないひそひそ声が邪魔する。
だが上演は続けないといけない。舞台を中断して演者自ら注意はできない。ましてや佑真がしたみたいに退場際に端末を奪うなど、この劇場の狭さでは物理的に不可だ。
それでもどうにか続けていると、急にスマホを持った客から怒声が上がった。
『うざい! ××くんがいないのに観る意味ねえっての』
降板した俳優の名前が狭い空間に響いた。
終演後、共演者の一人が例の客について言ったのがこうだ。
『だったら来るなっての』
真理を見た気がした。
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