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鈍色に染まる手記
あなたは覚えているだろうか。
一瞬のことだから、覚えていないかもしれない。
あの日、私たちは全てを奪われた。
地上から銃弾が降り注ぎ、一掃された。
ゴミ収集車は自動運転化され、肉塊を片付ける掃除屋となった。
人々は地下へ逃げ込み、地上へ戻れなくなった。
鉄の雨に怯えながら暮らすことになった。
大切な家族を閉め出して、雨の餌食にする光景を見かけた。大概は殺された。
これを地獄と言わずして、なんと表現すればいいだろう。
だがしかし、雨は一瞬で殺してくれる。
そう閃いた私は、地上に躍り出た。シェルターの梯子を登って、意気揚々と、これまでにないくらいのハイテンションで外に出た。
しかし、何もないところでつまづいて、派手に転んだ。
立ち上がろうとして地面に手をついたその瞬間、世界がひっくり返った。
まず、目の前に大勢の人々が現れた。
とにかく、人で溢れかえっていた。
老いも若きも男も女も、自分のことなど気にもとめず、それぞれ行動していた。
天は高く透き通るようで、空を貫ぬかんばかりの建物が並んでいた。
ほんの少し前に見た、当たり前の風景だ。
いわゆる走馬灯かと最初は思って、あたりを見回した。なぜだか急に怖くなり、尻尾を巻いて家に戻った。
それだけなら、私をただの自殺未遂者と思うかもしれない。
それ以来、事あるごとに様々な景色が頭に流れ込むのだ。
どれも平和な景色で、この世界とは程遠いものばかりだった。
写真立てからは若かりし頃の両親の姿、職場にある付箋からは休日を過ごす同僚が見えた。
さらに、記録媒体は触れただけで中のデータを確認できるというのだから驚きだ。
どうやら、物に触るだけで人々の記憶やデータを辿れるらしいことが分かった。
便利なんだか不便なんだか、よく分からない。
知られたくもない情報を得てどうしろというのだろう。
私以外にも急激な環境変化に対応できず、体調不良を起こしている人々が多いと聞いた。この症状も似たようなものだろうか。
医師に尋ねると、ロボットの過激な行動により、平和な頃の世界を夢で見る人が急増している。別人と言っても過言ではないような自分もそこにいるらしい
目が覚めた時の絶望感で、精神的に参っている人が極端に増えたらしい。
なるほどと思っていても、医師も不思議そうにしているのが目に分かった。
薬をもらっても、あまり効果は見られなかった。どんな時でも、物に眠る記憶が見えたからだ。
あの走馬灯に似た記憶も、別世界にいる自分の姿なのだろうか。
転んで手をついた場所を探しても、何も見えなかった。
もう一度、あの平和な景色を見たい。
地面を触りまくっていると、小石に手が触れた。
あの日と同じように、人がごった返した光景が見えた。
厚手の服装をしており、背を丸めて歩いていた。あの記憶より時間が進んでいる。
石を手に取り、まじまじと見た。
何の変哲もない、ただの石ころのように見える。
とにかく、その石を家に持ち帰った。
あの地面を何度か触ったが、平和な光景を二度と目にすることはなかった。
私の身に起きた奇妙な現象が誰に伝わったのかは分からないが、「魔法使い」を名乗る連中が家に訪れた。
ビジネススーツに身を包み、仮面のような笑顔を浮かべていた。
カミカゼという組織を運営しており、「急激な環境変化で、私のような不思議な力に目覚める人々」を指導しているらしい。
亜空間を作り出し、無限に物をしまえる鞄を生み出した。
どこへでも行けるゲートを生み出した。
例を挙げればキリがなく、能力も様々なようだ。
何の前触れもなく、奇妙な能力に目覚める者が増えた。
私が見た記憶の数々も魔法による物なのだろうか。
医療機関がアテにならないのは、薄々勘づいていた。
現在は覚醒した人々と直接会い、魔法を指導している。
元々あった施設を改築し、訓練場として使っている。
ホームページに経費なども記載しているし、隠す情報は何もない。
とにかく、誠実な態度でねちっこく、反政府的思想を持っているわけではないことをアピールしていた。
この状況に名前をつけられるなら、オカルトでも構わなかった。
「分かりました。ぜひお願いします」
私は簡単にそう言って、彼らの言う訓練場へ連れて行ってもらった。
訓練場には杖を持ち、光線を発射している者がいた。
的に向かって飛んでいくが、少し離れたところで爆発した。
射撃訓練場みたいなものだろうか。
そんなことを思いつつ、検査服に着替える。
健康診断のように流れるままに、検査を済ませて待合室で待つ。
魔法使いとして覚醒しているのはまちがいなく、魔力も平均的で特に害はない。身体への影響を心配する人が多いようで、丁寧に解説してくれた。
様々な能力があるといっても、記憶を辿るという精神面に特化した能力はかなり珍しいらしい。
どんな物でも記憶は読み取れるのか。
プロテクトがかかっているとどうなのか。
読み取れるのであれば、物の記憶を映し出せるのではないか。
さらに調査したいということで、協力することになった。
実験体にでもなったような気分で、様々なテストを受けた。
いや、実際にただの実験体だったのだろう。
何も知らない私が言われた通りに動くだけで、思うがままに情報を得ることができたのだから。
訓練と称された実験は数日にわたって行われた。
定時になると終了し、帰宅した。
検査の間、仕事は休んでいた。
様々な課題を与えて来るし、休んでいる暇もない。
余程、私を仲間に加えたいらしい。
訓練を続けていれば、自由に扱えるようになる。彼らはそう語っていた。
これまでの実験で、扱いには慣れてきたように思う。改善していくような実感があったのがよくなかったのかもしれない。
私は仕事終わりに通うスポーツジムのような感覚で、魔法の訓練を受けた。
発生する頻度は少なくなり、記憶を見なくなった。
そして、書類やデバイスを持ち寄られては中身を見分するように頼まれた。
謝礼もこっそりと受け取り、依頼をこなした。
少しは疑えばよかったのだろう。
そうすれば、あのような見世物紛いのことに関与することもなかったのだ。
書類を整理している職員は、私にとんでもないことを聞かせてくれた。
計画の一部として、私も加担していることも聞いた。
まず、魔法使いたちの住む星の光景を夢に見せる。平和な世界があることを魔法で知らせることで、憧れや幻想を抱かせる。
何ということだろう、彼らは宇宙人であった。
それだけでも驚きだというのに、さらに彼は得意げに話してくれた。
ロボットが観測できなかった、あの奇妙な流星群を降らせた。
あの流れ星はカミカゼとして、魔法使いとしての活動の第一歩に過ぎない。
私たちを蹂躙してきたロボットは、魔法を探知できない。
この力さえあれば、世界を取り戻すことができる。
夢を現実に変える力を持つことをアピールし、世界を征服する。
それがカミカゼの目的他だった。
もう後戻りできない。
行き着くところまで来てしまった。
もし、これを読んでいる魔法使いがいるならば、改めて考えてほしい。
超人的な力は何のために存在するのか。
何のために、力をつけようと思ったのか。
どうか、まちがえないでほしい。
あなたの歩んでいる道は、不安定で先行きは見えないけれど、その力は道を壊してしまいかねない。
そのことだけは、どうか忘れないで。
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