曇らない、その微笑

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「あの、家まで送ってもらってもいいですか……?」  まさか自分からこの人を頼らなければならなくなるなんて、そう思いはするものの。  もう梨ヶ瀬(なしがせ)さんの事が苦手だとかそういう事を言っていられるような状況でもない。ここは素直にお願いした方が自分の為にもなる、自分に言い聞かせて梨ヶ瀬さんに頭を下げた。 「それが賢明な判断だと思うね、俺もここで帰されたらストーカーと一緒に君について行くしかなくなるところだったし?」 「余計に怖いので止めて下さい!」  本当にろくでもない事を考える人だと思う、だけどその微笑みは作り物のように見えるが決して曇らない。その事に少しだけホッとしてしまうのはどうしてなのか。  もし、この人が本当に心から笑った時はいったいどんな……そこまで考えて首を振る、そんなの唯の部下である私には関係ない。自分からこんな人にハマろうとするなんて馬鹿げてる。 「すみません、アパートの前まででいいので」 「一応部屋の前まで見送るよ、俺が帰った後で部屋に突撃されたら意味がないからね」  部屋の場所まで知られたくないから言ってるのに、きっとこの人はそんな事も分かっているくせにこういう言い方で私に断れなくさせてくる。  若くして課長になるだけあって、私がどんなに頭を捻っても先回りしたように行き先を塞いでくるような人だと思った。
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